ポール・ゴーギャン:文明を捨ててタヒチへ、原始の野生と神秘を描いたポスト印象派の野生児
ゴッホとの共同生活「黄色い家」での決裂後、文明社会を嫌って南太平洋の島タヒチへ渡ったゴーギャン。楽園の光と、ポリネシアの信仰や生の謎を、強烈な平塗りの色彩で描き出したドラマチックな一生。
はじめに:文明を拒絶し、南洋に「原初の何か」を求めた男
ポール・ゴーギャン(1848-1903)は、ゴッホ、セザンヌと並ぶポスト印象派の巨匠です。目の前の光を再現する印象派のやり方に限界を感じ、色彩を「感情や精神世界を表現する手段」として使いました。陰影を排した平塗り、黒い輪郭線で色面を区切るクロワゾニスム、そしてタヒチの風土と信仰。それらが融合した画面は、極めて象徴的で謎めいています。
生涯:株式仲買人から画家へ、そして南の島へ
1848年、パリに生まれました。父の死により、幼少期の数年をペルーのリマで過ごします。この記憶が「ヨーロッパの外」への憧れの原点になったとしばしば指摘されます。青年期は商船の乗組員として世界を巡り、その後パリの株式仲買店に勤めて成功。メット・ガッドと結婚し5人の子をもうけた、典型的なブルジョワ市民でした。
絵は最初、日曜画家の趣味でした。カミーユ・ピサロの指導を受け、印象派展にも出品します。転機は1882年のパリ株式市場の暴落。職を失った彼は翌年、画業への専念を決意し、やがて家族とも離れて暮らすようになりました。
1888年、アルルでゴッホとの共同生活が始まります。しかし記憶や想像から描くべきだとするゴーギャンと、目の前の自然に向き合うゴッホは激しく対立し、12月にゴッホが自らの耳を切る事件が起きて2か月足らずで破綻しました。
ヨーロッパの近代文明に嫌気がさしたゴーギャンは、1891年にタヒチへ渡ります。一度帰国したのち再び島へ戻り、晩年はさらに遠いマルキーズ諸島のヒバオア島へ移りました。貧困と病、植民地当局との対立に苦しみながら制作を続け、1903年、54歳で島に没します。なお彼が「楽園」として描いたタヒチはすでに植民地化された土地であり、現地の少女たちとの関係を含め、その生き方は今日厳しい批判の対象にもなっています。
画風の特徴:見たままではなく、意味のままに塗る
ゴーギャンの絵を他の画家から分けるのは、色が現実から切り離されていることです。地面が赤く、木の幹が青く、影が緑に塗られる。それは光の観察ではなく、場面が持つ感情や意味を表すための選択でした。
形の扱いも独特です。人物や樹木は太い輪郭線で囲まれ、内側は平坦に塗られます。中世のステンドグラスや七宝細工にちなんでクロワゾニスムと呼ばれる手法で、浮世絵の平面性からも影響を受けています。遠近法は弱められ、画面は装飾的な模様のように組み立てられ、後の象徴主義やナビ派への道を開きました。
代表作
- 我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか(1897-98年/ボストン美術館):絶望のなかで芸術的遺言として描かれた、幅3メートルを超える大作。右の赤ん坊から中央の若者、左の老女へと、右から左へ人間の一生が流れます。
- 説教のあとの幻影(1888年/スコットランド国立美術館):ブルターニュの女たちが、説教を聞いた後に天使と格闘するヤコブの幻を見る場面。地面を真っ赤に塗るという現実無視の主観的色彩は、彼の転換点となりました。
- タヒチの女たち(浜辺にて)(1891年/オルセー美術館):浜辺に座る二人の女性。どっしりとした量感と、こちらを見ようとしない表情が、楽園の憂鬱を伝えます。
- かぐわしき大地(1892年/大原美術館):タヒチの女性が花に手を伸ばす姿を描いた作品で、聖書のエデンの園とイヴのイメージが重ねられています。日本にあるゴーギャンの最重要作です。
同時代の画家との関係
最初の師はピサロで、印象派の技法はここから学びました。ブルターニュのポン=タヴェンでは若いエミール・ベルナールと影響を与え合い、クロワゾニスムの様式が生まれます。ゴッホとの決裂は有名ですが、二人は別れた後も手紙を交わしました。またゴーギャンの助言を受けたポール・セリュジエの小品《タリスマン》が、ナビ派の結成につながっています。
日本で見られるか
ゴーギャンの主要作の多くは欧米にありますが、日本にも重要な作品があります。倉敷の大原美術館が所蔵する《かぐわしき大地》(1892年)は、1922年に児島虎次郎が大原孫三郎の支援で買い付けた、日本におけるゴーギャン受容の出発点となる一点です。東京の国立西洋美術館も、松方コレクションに由来する《水浴の女たち》(1885年)を所蔵しています。いずれも常設展示室で公開されることが多く、出会いやすい作品です。
見どころ
《かぐわしき大地》のような作品の前では、まず色の境目を見てください。隣り合う色のあいだに濃い線が引かれ、混ざり合わないよう仕切られています。この仕切りがあるからこそ、非現実的な色が画面で成立します。もう一つは人物の視線。ゴーギャンの描く女性たちは、こちらを見ているようで焦点が合いません。この「届かなさ」が絵の核心であり、同時に、彼が現地の人々を理想化して描いた証しでもあります。
代表作ギャラリー








作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)
