シャイム・スーティン:歪む風景と肉塊、魂を絞り出したエコール・ド・パリの野獣

シャイム・スーティン:歪む風景と肉塊、魂を絞り出したエコール・ド・パリの野獣

画家

リトアニアのユダヤ人村から無一文でパリへ。スーティンは風景も静物も人物も、絵の具の渦の中でのたうつように描きました。モディリアーニが愛した、エコール・ド・パリで最も激しい画家です。

はじめに:絵の具がのたうつ

シャイム・スーティン(1893-1943)は、ロシア帝国領の貧しいユダヤ人村に生まれ、パリに出てエコール・ド・パリの一員となった画家です。安アパート「ラ・リューシュ」で極貧生活を送りながら、風景も人物も静物も、激しくうねる筆致で描きました。親友モディリアーニは「彼は天才だ」と周囲に言い続けたと伝わります。

生涯:仕立て屋の十番目の子から、一夜の成功へ

ミンスク近郊の村スミロヴィチ(現在のベラルーシ領)で、仕立て屋の11人兄弟の10番目として生まれました。絵を描くことが禁じられるほど厳格な環境を飛び出し、ミンスク、次いでヴィリニュスの美術学校で学びます。1913年、20歳でパリへ。モンパルナスの共同アトリエ「ラ・リューシュ」に住み、シャガール、リプシッツ、ザッキン、そしてモディリアーニと出会いました。モディリアーニは画商ズボロフスキーにスーティンを引き合わせ、生涯の後ろ盾を与えます。

1918年頃から南仏セレに滞在し、数年で200点近い風景画を描きました。転機は1923年。アメリカの大収集家アルバート・C・バーンズがスーティンの絵を一度に数十点買い上げ、無名の極貧画家は一夜にして注目の存在となります。しかし成功後も彼は自作を破り捨て続けました。第二次大戦下、ユダヤ人としてナチス占領下のフランスで身を隠しながら移動を重ね、1943年、胃潰瘍の穿孔によりパリで没します。モンパルナス墓地に眠っています。

絶対に知っておきたい!3つの見どころ

1. 牛の屠体——美術史上もっとも激しい静物画

スーティンはルーヴル美術館にあるレンブラントの「屠殺された牛」に感動し、アトリエに実物の牛の屠体を持ち込んで腐敗と戦いながら描き続けました。1925年前後に集中して描かれた赤と青が渦巻く連作は、生と死そのものを絵の具にしたような衝撃を放ちます。

2. 歪む風景——セレの連作

南仏セレで描かれた風景画では、家も木も道も、竜巻に巻き込まれたように歪みうねります。見たままではなく、感じた強度をそのまま画面に叩きつける表現主義の極北です。

3. 給仕人たちの肖像

ホテルのベルボーイや菓子職人など、名もない働き手を正面から描いた肖像連作も重要です。ぎこちなく組まれた手、不安げな目。社会の隅で生きる人々への共感が滲みます。真っ赤な制服と青い背景の対比は、彼の色彩感覚を最もよく示します。

画風の特徴

スーティンの絵を他と分けるのは、絵具の物質感です。筆だけでなくパレットナイフや布も使い、厚く盛り上げた絵具そのものが肉や土や布地の質感になります。輪郭線はほとんどなく、色の塊がぶつかり合って形が立ち上がる。赤と緑、朱と青といった補色を濁らせずに隣り合わせる感覚は独学に近く、そこに彼の生々しさがあります。

代表作

  • 菓子職人 (1922-23年頃/オランジュリー美術館、パリ)——バーンズを驚かせた一点として知られます。
    • 赤い階段、カーニュ (1923-24年頃/個人蔵)
      • 牛の屠体(1925年頃/オルブライト=ノックス美術館ほか)
      • ベルボーイ(1925年頃/ポンピドゥー・センター、パリ)
      • (大原美術館)——吊るされた家禽を描いた、屠体連作と同じ系譜の作品。

    日本で見られるか

    質の高い作品が国内にあります。倉敷の大原美術館は、吊るされた鴨を描いた静物を所蔵しており、あの屠体連作の系譜を日本で体験できる貴重な一点です。東京・上野の国立西洋美術館は「心を病む女」を所蔵。箱根のポーラ美術館もスーティン作品を収蔵しています。エコール・ド・パリの収集が盛んだった日本の近代コレクションの厚みが、こうした形で残っています。

    初心者が楽しむための鑑賞のコツ

    筆の速度を追体験する:絵の具の盛り上がりと筆の軌跡を目でなぞると、描いているときの画家の身体の動きと興奮が伝わってきます。

    モディリアーニとセットで:静のモディリアーニ、動のスーティン。対照的な親友同士を並べて見ると、エコール・ド・パリの幅の広さが実感できます。

    まとめ

    スーティンは「上手さ」の物差しを無効にする画家です。デ・クーニングをはじめ、のちの抽象表現主義の画家たちも彼を仰ぎ見ました。魂を直接ぶつけたような絵の力を体感してください。

代表作ギャラリー

牛の屠体
牛の屠体1925年頃
セレの風景
セレの風景1920年頃
菓子職人
菓子職人1922年頃
The floor waiter
The floor waiter1927年オランジュリー美術館
Portrait of a man (Emile Lejeune)
Portrait of a man (Emile Lejeune)1922年オランジュリー美術館
Carcass of Beef
Carcass of Beef1925年グルノーブル美術館
Portrait of Madeleine Castaing
Portrait of Madeleine Castaing1929年メトロポリタン美術館
Still Life with Rayfish
Still Life with Rayfish1924年メトロポリタン美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)