パウラ・モーダーゾーン=ベッカー:自画像で時代を先駆けた、31歳で逝った表現主義の母

パウラ・モーダーゾーン=ベッカー:自画像で時代を先駆けた、31歳で逝った表現主義の母

画家

琥珀の首飾りの自画像、素朴な母子像。北ドイツの芸術村ヴォルプスヴェーデから単身パリへ通い、ゴーギャンとセザンヌをいち早く吸収した女性画家は、31歳で世を去りました。

はじめに:誰よりも早く「近代」を掴んだ女性

パウラ・モーダーゾーン=ベッカー(1876-1907)は、ドイツの画家です。北ドイツの芸術家村ヴォルプスヴェーデに参加し、画家オットー・モーダーゾーンと結婚。しかし村の牧歌的な写実に飽き足らず、単身パリへ4度も長期滞在し、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホをドイツの誰よりも早く吸収しました。31歳で急逝した、表現主義前夜の最重要人物です。

生涯:ヴォルプスヴェーデとパリを往復した10年

1876年、ドレスデンに鉄道官吏の娘として生まれ、12歳で一家とともにブレーメンへ移りました。ロンドン滞在中に素描を学び、その後ベルリンの女性画家協会の絵画学校で本格的な訓練を受けます。当時のドイツの美術アカデミーは女性に門戸を閉ざしており、こうした私設の学校が唯一の道でした。

1898年、ブレーメン近郊の湿原に画家たちが集まっていた芸術家村ヴォルプスヴェーデへ移り、フリッツ・マッケンゼンに師事。ここで彫刻家クララ・ヴェストホフ(のちにリルケと結婚)と深い友情を結び、詩人リルケとも出会います。1901年、村の中心的画家オットー・モーダーゾーンと結婚しました。

しかし彼女の目はすでに村の外を向いていました。1900年を皮切りに、1903年、1905年、1906年と、家庭を離れてパリへ長期滞在を繰り返します。ルーヴルでのエジプト美術の研究、セザンヌの静物、ゴーギャンのタヒチ、ナビ派の色面——それらを驚くべき速さで自分のものにしていきました。1906年には一人で生きて描く決意でパリへ発ち、離婚寸前まで行きますが、翌年に和解して村へ戻ります。

1907年11月2日に娘マティルデを出産。産後は順調に見えましたが、11月20日、床上げして立ち上がった直後に塞栓症で倒れ、31歳で急逝しました。最期の言葉は「残念だわ」だったと伝えられます。生前に売れた絵はごくわずかで、遺されたのは油彩約750点、素描約1000点という膨大な仕事でした。

画風の特徴:形を単純にし、土の色で塗る

  • 大づかみな量塊:顔も手も細部を削ぎ落とし、彫刻のような塊として描きます。エジプトのミイラ肖像画から学んだ正面性が下敷きにあります。
  • 土の色:黄土、褐色、くすんだ緑。当時流行した明るい印象派の色とは正反対の、地面のような色調です。
  • ざらつく画面:絵具を厚く盛り、下地の粗い布目を残します。壁画のような手触りです。

絶対に知っておきたい!3つの見どころ

1.「琥珀の首飾りの自画像」——まっすぐな眼差し

1906年、パリで描かれた作品(バーゼル市立美術館ほか関連作あり)。花々を背に、琥珀の首飾りだけを身につけた半裸の自画像は、女性が自らの身体を、他者の視線のためでなく自己の存在の証として描いた最初期の例とされます。単純化された形と土の色彩に、時代を超えた強さが宿ります。

2.「6回目の結婚記念日の自画像」——妊娠していない妊婦の自画像

1906年(パウラ・モーダーゾーン=ベッカー美術館、ブレーメン)。裸で腹に手を当てた姿は、女性画家による全裸の自画像としては西洋美術史上初とされます。しかも制作時、彼女は妊娠していませんでした。母になることへの予感と恐れを、自分の身体を使って描いた稀有な一枚です。

3.母子像——聖母でも風俗でもなく

授乳する母、横たわる母子を、モーダーゾーン=ベッカーは記念碑のような量塊で描きました。「横たわる母子」(1906年、ブレーメン)では、母と子が土の上の一つの塊として横たわっています。感傷を排した母性の表現は、同時代のどの画家とも違う地平にあります。

同時代の画家との関係

師はヴォルプスヴェーデのフリッツ・マッケンゼン、夫は同じ村のオットー・モーダーゾーン。しかし彼女が本当に学んだのはパリのセザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、そしてナビ派でした。ドイツでこの三人をこれほど早く消化した画家は他にいません。親友の詩人リルケは、彼女の死の翌年に長詩「ある女友達のためのレクイエム」を捧げています。年表を横に置くと驚きが増します。マティスの野獣派スキャンダル(1905年)とほぼ同時、ピカソの「アヴィニョンの娘たち」(1907年)より前に、彼女はすでにこの単純化に達していました。ドイツ表現主義の登場は、彼女の死の数年後です。

日本で見られるか

残念ながら、国内に主要作品は少なく、常設で油彩を見られる美術館はほぼありません。実物にまとまって出会うには、ブレーメンにあるパウラ・モーダーゾーン=ベッカー美術館(1927年開館。女性画家一人の名を冠した美術館としては世界初とされます)を訪ねることになります。日本でも2005年から2006年にかけて神奈川県立近代美術館などを巡回する回顧展が開かれており、今後の展覧会情報は要注目です。

見どころ

「かわいくなさ」を肯定的に見てください。当時「醜い」と酷評された素朴な形こそ、彼女が選び取った新しさです。次に画面の手触りを。絵具が厚く、ざらざらと盛り上がっているのがわかります。彼女は絵を「壁のような物体」にしようとしました。そしてを見てください。自画像でも母子像でも、人物はまっすぐこちらを見返します。見られる側だった女性が、見る側に回った瞬間がそこにあります。

まとめ

モーダーゾーン=ベッカーは、美術史が長く見落としてきた「早すぎた近代」です。再発見が進む今こそ、名前を覚えておきたい画家です。

代表作ギャラリー

琥珀の首飾りの自画像
琥珀の首飾りの自画像1906年バーゼル市立美術館
横たわる母と子
横たわる母と子1906年
Selfportrait at 6th wedding anniversary
Selfportrait at 6th wedding anniversary1906年Paula Modersohn-Becker Museum
Portrait of Rainer Maria Rilke
Portrait of Rainer Maria Rilke1906年Ludwig Roselius Museum
自画像
自画像1906年ハーグ市立美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)