グスタフ・クリムト:黄金のまばゆい輝きと、生と死、甘美なエロティシズムの迷宮

グスタフ・クリムト:黄金のまばゆい輝きと、生と死、甘美なエロティシズムの迷宮

画家

ウィーン分離派を創設し、金箔をふんだんに使った「接吻」で知られるクリムト。人間の愛の極致、エロティシズム、そして背後に忍び寄る死の影を、きらびやかな装飾デザインの中に描いた異端のスターの一生。

はじめに:金箔とモザイク、甘美な官能の奥に潜む「死」の予感

グスタフ・クリムト(1862-1918)は、19世紀末ウィーンの美術を代表するオーストリアの画家です。彼の最大の特徴は、ビザンチン美術のモザイクや日本の琳派に通じる平面的な装飾感覚を吸収し、金箔をふんだんに使った「黄金様式」を生み出したことにあります。まばゆい黄金の空間は単なる飾りではなく、愛の絶頂とエロティシズム、そして常にその背後に寄り添う「死の不安」を包み込むための、贅沢な迷宮でした。

生涯:保守的な画壇からの離脱、分離派の結成、そして「黄金時代」へ

クリムトは1862年、ウィーン郊外のバウムガルテンに、金銀彫金師の息子として生まれました。14歳でウィーンの工芸学校に入り、弟エルンスト、友人フランツ・マッチュとともに「芸術家商会」を結成。ブルク劇場やウィーン美術史美術館の階段室の装飾を手がけ、20代のうちに官設の世界で成功をおさめます。

転機は1892年でした。父と弟エルンストを相次いで失い、以後の作風は華麗な写実から、内面と象徴へと大きく傾いていきます。1897年には保守的な美術家協会を脱退した若い芸術家たちと「ウィーン分離派」を結成し、初代会長に就任しました。

ウィーン大学大講堂のために描いた天井画《哲学》《医学》《法学》は、学問の勝利ではなく人間の苦悩と官能を前面に出したため、教授たちの抗議を呼ぶ大スキャンダルとなります。クリムトは報酬を返却して作品を引き取り、以後は公的な注文をほとんど受けなくなりました(この三点は1945年に城の火災で焼失しています)。かわって彼が向かったのが、ウィーンの裕福な市民たちの肖像画と、金箔を用いた黄金様式でした。1918年、脳卒中で倒れたのち肺炎を併発し、55歳で亡くなっています。

画風の特徴:平らな装飾と、生身の肌の同居

クリムトの絵の面白さは、一枚の画面のなかで写実と装飾が同居しているところにあります。顔と手だけがやわらかな陰影をともなう肉づきで描かれ、衣服や背景は渦巻き、四角、螺旋、目のかたちといった記号的な文様で埋め尽くされる。奥行きのある部分と、奥行きを拒む金の平面とが隣り合うため、人物はまるで模様の海に浮かんでいるように見えます。金箔・銀箔に加え、貝や顔料の粒を思わせるざらついた質感まで持ち込み、絵画と工芸の境目を意図的に曖昧にしました。晩年には正方形のカンヴァスに湖畔や花畑を描く風景画も多く残しています。

代表作

  • 接吻(1907-08年、ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館、ウィーン):黄金のローブをまとった男女が花畑の縁で抱き合う、黄金様式の頂点。男の衣の四角、女の衣の円という文様の対比が見どころです。
  • ユディトI(1901年、同館):敵将の首を手に恍惚の表情を浮かべる女性像。黄金様式の出発点にあたる一枚です。
  • アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I(1907年、ノイエ・ギャラリー、ニューヨーク):パトロンの夫人を描いた肖像画の最高峰。肉体以外のすべてが金の幾何学模様で覆われています。
  • ベートーヴェン・フリーズ(1902年、分離派会館、ウィーン):分離派展のために描かれた壁画。現在も同館の地下で公開されています。
  • 死と生(1910-15年、レオポルド美術館、ウィーン):折り重なる裸体の群れ(生)を、左から死神が静かに見つめる構図。クリムトが生涯向き合った主題です。

同時代の画家との関係

クリムトは若い世代の後ろ盾でもありました。エゴン・シーレは彼を敬愛して素描を持ち込み、クリムトは自分の顧客を紹介するなどして支援しています。オスカー・ココシュカも分離派系の展覧会を足がかりに世に出ました。建築家ヨーゼフ・ホフマンらの「ウィーン工房」とも協働し、ブリュッセルのストックレー邸の食堂壁面装飾を手がけています。生涯の伴侶的存在だったのは、ファッションデザイナーのエミーリエ・フレーゲでした。

日本で見られるか

クリムトの油彩は日本国内でも見ることができます。愛知県美術館が《人生は戦いなり(黄金の騎士)》(1903年)を、豊田市美術館が《オイゲニア・プリマフェージの肖像》(1913/14年)を所蔵しています。前者は日本の公立美術館が初めて収蔵したクリムトの油彩画として知られ、いずれも常設展示室で公開される機会があります。

見どころ:実物の前で何を見るか

まず金の表面を斜めから見てください。金箔は角度によって光り方が変わるため、正面からと横からではまったく違う絵に見えます。次に、模様のなかにひそむ小さなモチーフ(目、渦、三角、螺旋)を探すこと。そして、装飾がぴたりと止まって生身の肌が現れる境目——手首や首筋——に目を止めてください。クリムトの絵で最も官能的なのは、金ではなくその境界線です。

代表作ギャラリー

接吻
接吻1908年頃ベルヴェデーレ宮殿
アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I
アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I1907年ノイエ・ガレリエ
ダナエ
ダナエ1908年頃
ユディト
ユディト1901年オーストリア・ギャラリー
The Three Ages of Woman
The Three Ages of Woman1905年ローマ近代美術館
扇を持つ女
扇を持つ女1917年個人蔵
The Maiden
The Maiden1913年ヴェレトゥルジュニー宮殿
死と生
死と生1910年レオポルト美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)