ギュスターヴ・モロー:宝石の輝きで神話を描いた、象徴主義の孤高の巨匠

ギュスターヴ・モロー:宝石の輝きで神話を描いた、象徴主義の孤高の巨匠

画家

「出現」のサロメで世紀末の想像力を決定づけたモロー。宝石をちりばめたような濃密な神話画は象徴主義の頂点であり、マティスやルオーを育てた教師としても美術史に名を残します。

はじめに:見えない世界の画家

ギュスターヴ・モロー(1826-1898)は、19世紀フランスの画家で、象徴主義絵画を代表する存在です。印象派が屋外の光を追いかけた同じ時代のパリで、モローはアトリエにこもり、神話と聖書の幻想世界を描き続けました。生前から伝説的な存在でしたが、社交を避けた隠者のような生活から「孤高の画家」と呼ばれます。

生涯:アトリエという世界

モローはパリで、建築家の父ルイと、教養ある母の間に生まれました。恵まれた家庭に育ち、経済的に困窮することは生涯ありませんでした。国立美術学校でフランソワ=エドゥアール・ピコに学びますが、決定的な影響を受けたのは年長の画家テオドール・シャセリオーです。アングルの線とドラクロワの色を統合しようとしたこの画家に、モローは私淑しました。シャセリオーが1856年に37歳で急逝すると、モローは深い喪失感の中でイタリアへ旅立ちます。

1857年から59年までのイタリア滞在は、彼の画業の土台となりました。ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアで初期ルネサンスの壁画を大量に模写し、この地で若きドガとも交流しています。

帰国後の1864年、サロンに「オイディプスとスフィンクス」を出品して大成功を収め、一躍注目の的となりました。しかし批評の毀誉褒貶に疲れ、1870年代の一時期を除いてサロンからは距離を置き、パリ9区の自宅兼アトリエで制作に沈潜します。1884年、ユイスマンスの小説『さかしま』が主人公の愛蔵品としてモロー作品を詳細に描写したことで、彼の名は世紀末文学の中心的アイコンとなりました。

1888年に美術アカデミー会員、1892年には国立美術学校の教授に就任。1898年に没する際、自宅とアトリエ、そこに残る膨大な作品を国家に遺贈しました。これが1903年に開館したギュスターヴ・モロー美術館です。

画風の特徴:宝石細工のような画面

モローの画面は、絵具の層そのものが物質として見どころになります。油彩を幾層にも塗り重ね、乾いた表面を引っかき、盛り上げ、その上にさらに細い筆で装身具や文様を書き込む。結果として生まれる密度は、絵というより七宝や象嵌細工に近い触感です。晩年の未完作には、具象を離れた絵具の堆積だけの画面もあり、後の抽象絵画の先取りとして注目されました。

もうひとつの武器が水彩です。油彩の重厚さとは対照的に、透明な絵具を薄く重ね、細部を細密画のように仕上げる水彩作品群は、モローの技術の最良の部分を示すと評されます。主題はほぼ一貫して神話と聖書——サロメ、オイディプス、ヘラクレス、セメレ。彼が描いたのは物語の筋ではなく、物語が到達する象徴的な一瞬でした。

代表作

  • 出現(1876年頃/水彩はオルセー美術館、油彩はギュスターヴ・モロー美術館)——踊るサロメの前に、斬られた洗礼者ヨハネの首が光背を放って宙に浮かぶ。世紀末ヨーロッパを熱狂させ、ワイルドの戯曲やビアズリーの挿絵など「サロメもの」流行の源泉となりました。
  • オイディプスとスフィンクス(1864年/メトロポリタン美術館、ニューヨーク)——1864年サロンでモローの名を決定づけた出世作。人間と怪物が視線を合わせる緊張の一瞬です。
  • ユピテルとセメレ(1895年/ギュスターヴ・モロー美術館、パリ)——最晩年の総決算。神の玉座を埋め尽くす装飾の細部は、いくら見ても見尽くせない密度に達しています。
  • ヘロデ王の前で踊るサロメ(1876年/ハマー美術館、ロサンゼルス)——「出現」と対をなす油彩。建築装飾の細密描写が圧巻です。
  • 聖なる象(ペリ)(1880年代/国立西洋美術館、東京)——象の背に横たわるペルシアの妖精ペリと、宙を舞う有翼の人物たち。モローの水彩技法の最良の部分を示す一点です。

同時代の画家たちとの関係

師はフランソワ=エドゥアール・ピコですが、真の導き手はテオドール・シャセリオーでした。イタリアでは若きドガと交流し、同世代のピュヴィス・ド・シャヴァンヌオディロン・ルドンとともに象徴主義の三本柱に数えられます。

そして教師としてのモローは、美術史における最も幸福な逆説のひとつです。幻想の画家でありながら、彼は生徒に自分の様式を押しつけませんでした。教室から出たのはアンリ・マティスジョルジュ・ルオーアルベール・マルケ、シャルル・カモワンら——数年後にフォーヴィスムを起こす面々です。ルオーは師の遺志を継ぎ、ギュスターヴ・モロー美術館の初代館長を務めました。

日本で見られるか

日本にモローの大作はありませんが、国立西洋美術館が水彩の傑作「聖なる象(ペリ)」を所蔵しています。日本はモロー受容の盛んな国で、1995年の京都国立近代美術館の大回顧展をはじめ、パリのギュスターヴ・モロー美術館から作品を借りた展覧会が繰り返し開催されてきました。数年おきに国内を巡回するので、その機会を狙うのが現実的です。本格的に浸るなら、パリのギュスターヴ・モロー美術館(旧アトリエ)へ。作品も家具も螺旋階段もそのまま残る、彼の幻想宇宙の中に入れる場所です。

見どころ

実物の前では、近づいて細部に沈み込んでください。モローの絵は全体を眺めるだけでは半分も味わえません。装身具、衣装の刺繍、柱の文様に顔を寄せ、宝石箱を覗くように見るのが正しい鑑賞法です。次に表面の凹凸。斜めから見ると、絵具が盛り上がり、引っかき傷が走っているのがわかります。物語を軽く予習しておくのも有効です。サロメ、オイディプス、セメレ——結末を知っていると、画面の緊張感が数倍伝わります。

代表作ギャラリー

出現
出現1876年頃ギュスターヴ・モロー美術館
ユピテルとセメレ
ユピテルとセメレ1895年ギュスターヴ・モロー美術館
オイディプスとスフィンクス
オイディプスとスフィンクス1864年メトロポリタン美術館
出現 (ギュスターヴ・モロー)
出現 (ギュスターヴ・モロー)1876年Q116685697
オルフェウス
オルフェウス1865年オルセー美術館
イアソン (ギュスターヴ・モロー)
イアソン (ギュスターヴ・モロー)1865年オルセー美術館
ヘロデ王の前で踊るサロメ
ヘロデ王の前で踊るサロメ1876年ハマー美術館
ヘラクレスとレルネのヒュドラ
ヘラクレスとレルネのヒュドラ1876年シカゴ美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)