ジョン・コンスタブル:故郷の空と雲を愛し続けた、イギリス風景画の革新者
生まれ育ったサフォークの田園だけを描き続けたコンスタブル。「干し草車」がパリで起こした衝撃はドラクロワを驚かせ、バルビゾン派から印象派へ続く風景画革命の引き金となりました。
はじめに:故郷しか描かなかった革命家
ジョン・コンスタブル(1776-1837)は、19世紀イギリスの風景画家です。同世代のターナーが各地を旅してドラマチックな風景を描いたのに対し、コンスタブルは生まれ故郷サフォーク州の川辺と畑をほぼ生涯描き続けました。しかしその「地元愛」こそが、ヨーロッパ絵画を変える革命になったのです。
生涯:粉屋の息子、52歳でようやくアカデミー会員に
1776年、イングランド東部サフォーク州イースト・バーゴルトに生まれました。父は水車場と風車場、河川輸送の船を持つ裕福な製粉業者で、幼い頃から水位、風向き、雲の動きを読む環境で育ちます。彼が空と水を執拗に観察したのは、この生い立ちと無関係ではありません。
家業を継ぐことを期待されながら1799年にロンドンのロイヤル・アカデミー付属美術学校へ入学しますが、評価はなかなか得られませんでした。恋人マリア・ビックネルとの結婚も彼女の祖父の反対で7年待たされ、実現したのは1816年、40歳のときです。転機は1824年、パリのサロンに出品した「干し草車」が大評判となり金賞を受けたこと。皮肉にも本国での評価は遅れ、ロイヤル・アカデミー正会員に選ばれたのは1829年、52歳でした。しかもその前年に妻を結核で亡くしており、7人の子を抱えた喪失のなかでの受章です。晩年の作品が暗く荒々しくなるのはそのためでした。1837年、ロンドンで60歳で没しています。
絶対に知っておきたい!3つの見どころ
1.「干し草車」——パリを揺らしたイギリスの田舎
1821年作(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)。荷車が浅瀬を渡るだけの静かな風景画は、1824年のパリのサロンで金賞を受賞しました。露に光る草の描写に衝撃を受けたドラクロワが、自作「キオス島の虐殺」の背景を描き直したという逸話は有名です。フランスの若い画家たちが自然へ向かう——バルビゾン派誕生の引き金でした。
2.雲の科学者
コンスタブルは空を「風景画の感情の主要な器官」と呼び、1821年から22年にかけてロンドン北郊ハムステッドで、何十枚もの雲だけの油彩習作を描きました。裏面には日付、時刻、風向き、天候が書き込まれています。気象学的観察と絵画表現が融合した近代的な実践です。
3.6フィートの「フルスケール・スケッチ」
大作を描く前に、同じ大きさの下絵を荒々しい筆致で描くという前例のない方法を取りました。この下絵の生々しいタッチは、100年後の抽象絵画さえ思わせる自由さです。「干し草車」の全寸下絵はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館にあります。
画風の特徴:白いしぶきと、緑の分割
- 「コンスタブルの雪」:葉先や水面に置かれた白い絵具の点。露や反射を表すこの技法は当時の批評家に嘲笑されましたが、光の粒を描く発想として印象派を先取りしています。
- 緑を一色で塗らない:それまで風景の緑は褐色がかった単調な色でしたが、コンスタブルは黄緑・青緑・灰緑を並べて置きました。
- 働く風景:荷車、水門、船大工。彼の田園には必ず労働が描き込まれています。
そのほかの代表作
- フラットフォードの製粉所(1816-17年、テート、ロンドン):実家の水車場を描いた、初期の代表作です。
- 主教の庭から見たソールズベリー大聖堂(1823年、ヴィクトリア&アルバート博物館):友人の主教の注文作。空の雲の量が多すぎると苦情が出た逸話が残ります。
- 白馬(1819年、フリック・コレクション、ニューヨーク):初めて描いた6フィート級の大作で、これによりアカデミー準会員に選ばれました。
同時代の画家との関係
最大の対比相手は、1歳違いのJ.M.W.ターナーです。ターナーが旅と幻想の光を追ったのに対し、コンスタブルは定住と観察の光を追いました。イギリス風景画の二本柱として覚えると整理しやすくなります。過去の画家では、17世紀オランダのライスダールとフランスのクロード・ロランを深く研究しました。そして彼が最も大きな影響を与えたのはフランスの後進です。「干し草車」を見たドラクロワ、そしてルソーやミレーらバルビゾン派の画家たちが自然を直接見ることへ踏み出し、その流れの先に印象派がありました。
日本で見られるか
- 静岡県立美術館:油彩「ハムステッド・ヒースの木立、日没」(1821年、25.2×29.2cm)を所蔵しています。まさに雲の習作を集中的に描いていた時期の、戸外制作による小品です。
- ただし「干し草車」のような6フィート級の大作はイギリスに集中しており、国内で見られる作品は多くありません。イギリス絵画をまとめて収蔵する国内館の特別展や、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、テート、ヴィクトリア&アルバート博物館からの貸出企画展が主な機会になります。
見どころ
空から天気を読んでください。コンスタブルの絵では必ず空を最初に見て、風と湿度と時刻を想像してみます。雲の底が平らか、輪郭が崩れているか。それだけで「イギリスの天気」が画面から吹いてきます。次に白い点を探してください。葉先や水面に置かれた小さな白が、絵全体を湿らせています。そして下絵と完成作を見比べる機会があれば、ぜひ。荒々しい下絵のほうが現代人の目には魅力的に映るはずです。
まとめ
コンスタブルは「身近な風景こそ描くに値する」ことを証明した画家です。彼の絵を見た後は、通勤路の空さえ少し違って見えるはずです。
代表作ギャラリー

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)