ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス:「シャロットの女」、物語絵画の最後の輝き
小舟で流れゆくシャロットの女、水辺のオフィーリア、ニンフに引き込まれるヒュラス。ウォーターハウスは神話と文学のヒロインたちを、印象派の筆致で描いた「最後の物語画家」です。
はじめに:時代遅れを恐れなかった人気画家
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849-1917)は、イギリスの画家です。ラファエル前派の主題(文学・神話のヒロイン)を受け継ぎながら、筆致には印象派の柔らかさを取り入れ、前衛が台頭する時代にあえて「物語を描く絵画」を磨き続けました。現代では英国美術でもっとも複製が売れる画家の一人です。
生涯:ローマ生まれの英国人
ウォーターハウスは、画家の両親のもとローマで生まれました。「ニノ」という愛称は、この幼少期のイタリア暮らしに由来します。5歳頃に一家でロンドンへ戻り、少年期は父の工房で絵に親しみました。
ロイヤル・アカデミー付属美術学校に入学し、当初はローレンス・アルマ=タデマ風の古代ローマ主題で世に出ます。しかし1880年代後半から、主題をアーサー王伝説やギリシア神話、シェイクスピアといった文学の世界へ移し、同時に筆致をやわらげていきました。1885年にロイヤル・アカデミー準会員、1895年に正会員となり、生前から高い人気と安定した地位を得ています。晩年は病に苦しみながらも制作を続け、1917年、67歳でロンドンに没しました。
画風の特徴:物語の「直前」を描く
ウォーターハウスの絵は、事件が起きた瞬間ではなく、これから起きることが決まってしまった直前を描きます。舟の鎖を手放した瞬間、水面から手が伸びてくる寸前、薬を注ぐその手つき。だから画面には、静けさと不穏さが同居します。
技法面では、ラファエル前派初期の一本一本描き込む細密描写ではなく、絵具を重ねて置いていく柔らかい筆致を採りました。草花や水面の質感は近くで見ると驚くほど大まかで、これは同時代のフランス絵画から学んだものです。人物の顔立ちには特定の型があり、憂いを含んだ長い首と伏し目がちの視線が繰り返し登場します。
代表作
- シャロットの女(1888年/テート・ブリテン、ロンドン):テニスンの詩に基づき、呪いを承知で塔を出て、小舟でキャメロットへ流れゆく乙女。消えかけた蝋燭、手放された鎖、諦めと決意の表情——物語の一瞬に全人生を込める語りの巧みさは圧巻です。
- ヒュラスとニンフたち(1896年/マンチェスター美術館):水面から現れた七人のニンフが、美青年ヒュラスを静かに水へ誘う。2018年に美術館が一時撤去して「展示と検閲」の大論争を起こしたことでも知られます。
- 魔法円(1886年/テート・ブリテン):地面に円を描き、術をかける魔女。周囲の空気が歪んで見えるほどの緊張感があります。
- エコーとナルキッソス(1903年/ウォーカー・アート・ギャラリー、リヴァプール):水面の自分に見入る青年と、彼を見つめるニンフ。二つの視線が決して交わらない構図が主題そのものです。
- フローラ(1914年頃/郡山市立美術館):花の女神を主題とした最晩年の一点。日本国内で実物を見られる貴重な作品です。
同時代の画家との関係
ウォーターハウスは、ロセッティやミレイら創設世代のラファエル前派には直接属していません。彼らの主題を後の世代として引き継いだため、「モダン・プレラファエライト(近代のラファエル前派)」と呼ばれます。初期にはアルマ=タデマやフレデリック・レイトンら、古典主義的な英国アカデミーの画家たちの影響を受け、後年はバーン=ジョーンズの神秘的な世界に接近しました。同時代のヨーロッパでは印象派からキュビスムへと前衛が加速していましたが、ウォーターハウスはその流れに乗らず、物語絵画を最後まで信じ続けます。
日本で見られるか
国内では郡山市立美術館(福島県)が《フローラ》を所蔵しています。同館は英国美術のコレクションで知られ、ラファエル前派周辺の作品もあわせて見ることができます。ただし代表作の大半は英国にあり、《シャロットの女》はテート・ブリテン、《ヒュラスとニンフたち》はマンチェスター美術館です。日本では英国美術の大型企画展に出品される機会を狙うのが現実的でしょう。
見どころ:実物の前で何を見るか
- 元の物語を一行だけ読む:テニスンやオウィディウスの該当箇所を一行知るだけで、画面の小道具全部が語り出します。
- 手を見る:ウォーターハウスの物語は、いつも手の動作で語られます。何を握り、何を手放したか。
- ミレイの《オフィーリア》と比較:細密なミレイと、筆致の柔らかいウォーターハウス。約50年の時差が生む空気の違いを見比べてください。
まとめ
ウォーターハウスは、「物語る絵」の魅力を最後まで信じた画家です。絵の前で物語が動き出す体験を、ぜひ。
代表作ギャラリー



作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)