草間彌生:無限に増殖する水玉と網目で、生と死の恐怖を昇華し続ける前衛の女王

草間彌生:無限に増殖する水玉と網目で、生と死の恐怖を昇華し続ける前衛の女王

画家

幻覚に苦しんだ少女時代の恐怖を、無限に増殖する水玉模様として描き出す草間彌生。ニューヨークでの前衛的活動から、直島の「南瓜」まで、90代を超えてなお制作を続ける現代アートの巨星の生涯。

草間彌生(1929-)は、日本の画家・現代美術家です。国際的に最も成功した日本の作家のひとりに数えられます。幼いころから幻覚・幻聴に悩まされ、花や網目模様が視界を覆い尽くす体験を繰り返してきました。彼女はこの「自己消滅」への恐怖から逃げるのではなく、キャンバスや空間を無限に増殖する水玉と網目で埋め尽くすことで、恐怖そのものを作品へ昇華させています。「無限の網(インフィニティ・ネット)」というシリーズ名が示すとおり、その作品は個人の内面の闇と宇宙的な広がりを同時に抱えています。

生涯

1929年、長野県松本市の種苗業を営む家に生まれました。1948年に京都市立美術工芸学校で日本画を学びますが、旧来の画壇になじめず、独自の幻覚体験を絵に描き続けます。1955年ごろ、憧れていたアメリカの画家ジョージア・オキーフに手紙を送り、励ましの返信を受け取ったことが渡米の後押しとなりました。

1957年に単身渡米し、まずシアトルで個展を開催。翌1958年にニューヨークへ移ります。1959年のブラタ・ギャラリーでの個展で発表した巨大な《無限の網》は、当時のミニマリズムに先んじる試みとして注目されました。1960年代には、裸体に水玉を描く「ハプニング」や、鏡張りの空間を用いたインスタレーション、ソフト・スカルプチュアで、反戦と性解放の時代を象徴する存在となります。

1973年に体調を崩して帰国。1977年からは東京の精神科病院に自ら入院し、隣接するアトリエへ毎日通って制作するという生活を、現在まで続けています。1993年にはヴェネツィア・ビエンナーレの日本館代表作家として個人で参加し、2016年に文化勲章を受章しました。

画風の特徴

核となるのは、水玉(ドット)、網目(ネット)、そして反復です。初期の《無限の網》は、白や単色の下地に細かな弧を無数に重ねた絵画で、画面に中心も終わりもありません。1960年代には、布に綿を詰めた突起を椅子やボートの表面に埋め尽くす立体作品を制作。近年は黄・赤・黒の強い原色と極太の輪郭線で、目や顔や花を描く《わが永遠の魂》の連作を続けています。手仕事の反復によって自我が溶けていく感覚を、そのまま作品の構造にしている点が一貫しています。

代表作

  • 無限の網(1959年ごろ-):ニューヨーク時代に始まる代表シリーズ。ニューヨーク近代美術館(MoMA)などが所蔵しています。
  • 南瓜(1994年、ベネッセアートサイト直島):直島の突堤に置かれた黄色い水玉のカボチャ。2021年8月の台風で海に流されて破損しましたが、草間本人の監修のもと再制作され、2022年10月に再び公開されました。
  • 赤かぼちゃ(2006年、直島・宮浦港):フェリーの発着する港に据えられた、内部に入れる赤い大型作品です。
  • 無限の鏡の間(1965年-):鏡張りの部屋に光や水玉のオブジェを配し、視覚を無限に反射させるインスタレーション。数多くのバージョンが世界の美術館に所蔵されています。
  • わが永遠の魂(2009年-):晩年の大連作。国立新美術館での大回顧展(2017年)で大規模に公開されました。

同時代の画家との関係

渡米前に文通したジョージア・オキーフは恩人にあたります。ニューヨークではドナルド・ジャッドが早くから作品を評価し、隣人でもありました。ジョセフ・コーネルとは晩年まで親交がありました。反復と量産を扱った点でアンディ・ウォーホルらポップ・アートと同時代性を持ち、鏡や光の使用ではミニマリズムと重なりますが、草間はいずれの運動にも属さず、独自の位置を保ちました。

日本で見られるか

日本は草間作品を最も見やすい国のひとつです。2017年に東京・新宿に草間彌生美術館が開館し、企画展形式で作品を公開しています。故郷の松本市美術館は初期作から近作までまとまったコレクションを持ち、屋外の《幻の花》や水玉のオブジェも見られます。瀬戸内では直島の《南瓜》《赤かぼちゃ》のほか、大阪や十和田市現代美術館などにも屋外作品があります。

見どころ

《無限の網》の前では、一歩近づいて筆跡を見てください。一見機械的な網目が、実は一つひとつ手で描かれ、少しずつ形も間隔も違うことがわかります。この「揺らぎ」が草間の絵を生き物にしています。立体作品では、水玉の大きさが面の曲がりに合わせて変化していることに注目を。カボチャのふくらみが強調され、形が呼吸しているように見えてきます。鏡の間に入ったら、自分の姿が無限に増えていく感覚を焦らず味わってください。恐怖を作品に変えるという彼女の営みを、追体験する場所です。