鴻池朋子:牛の皮に描き、山や島へ作品を運ぶ作家
縦6メートル、横24メートルの牛の皮に描いた《皮緞帳》。鴻池朋子は美術館の壁を出て、山小屋や離島、仮設住宅へ作品を運びます。人と動物、神話と現代をつなぐ活動を、はじめての人にもわかるように紹介します。
鴻池朋子(1960-)は、絵画、彫刻、アニメーション、絵本、手芸など、身近なあらゆる手段を使って「美術とは何か」を問い直し続ける作家です。牛の皮に描いた巨大な《皮緞帳》で知られ、作品を美術館の外の山や島へ運び出す活動でも注目されています。
経歴
1960年、秋田県に生まれました。1985年に東京藝術大学美術学部絵画科の日本画専攻を卒業しますが、すぐに作家にはならず、玩具や雑貨のデザインの仕事に就きます。1998年ごろからアニメーションや絵画の発表を始め、2005年には東京都現代美術館の「MOTアニュアル2005」に参加。2009年には東京オペラシティアートギャラリーで大規模な個展「インタートラベラー 神話と遊ぶ人」を開きました。
2012年に第5回東山魁夷記念日経日本画大賞を受賞。2015年には神奈川県民ホールギャラリーで個展「根源的暴力」を開き、この時期の仕事で2017年に第67回芸術選奨文部科学大臣賞(美術部門)を受けています。2020年のアーティゾン美術館での個展「鴻池朋子 ちゅうがえり」は毎日芸術賞につながり、2023年には紫綬褒章を受章しました。
作風と手法
鴻池の作品には、狼や鳥や少女、そして人でも動物でもない生きものが繰り返し現れます。人間の言葉の外側にある「どうぶつのことば」を探ること。それが1998年以来の一貫したテーマです。日本画で学んだ描写の力を持ちながら、素材は紙や絹にとどまらず、牛の皮、鏡、毛皮、粘土、布へと広がっていきました。
2010年代に入ると、活動はさらに美術館の外へ向かいます。2012年には秋田の山の山小屋に作品を置く「美術館ロッジ」を始め、2014年からは旅先で聞いた個人の話を布に刺繍する《物語るテーブルランナー》を続けています。2023年からは、自作を各地の縁のある場所に預けて保管してもらう「メディシン・インフラ」という長期プロジェクトを東北で進めています。作品を美術館の収蔵庫にしまい込むのではなく、人の暮らしの中で使ってもらう。この発想が、いまの鴻池の核にあります。
主な作品
- 《皮緞帳》(2015-2016年):縦6メートル、横24メートルの牛の皮に、クレヨンと水彩で描いた巨大な幕。個展「根源的暴力」で発表され、2020年のアーティゾン美術館でも中央に据えられました。
- 《皮トンビ》(2019年):瀬戸内国際芸術祭2019のために作られた、幅12メートル、高さ4メートルの皮のトンビ。1年ほど山で雨風にさらされたのち、美術館へ運ばれました。
- 《リングワンデルング》(2019年-):香川県・大島にあるハンセン病療養所、大島青松園の散策路を舞台にした作品。芸術祭のたびに更新されています。
- 《物語るテーブルランナー》(2014年-):各地で聞き取った話を絵と刺繍にしたランチョンマット大の布作品。300点を超えています。
国際的な評価
2016年にはアメリカでのグループ展「Temporal Turn」、2018年にはイギリスのリーズ・アート大学で個展「FurStory」を開くなど、海外でも発表を重ねています。国内では、2020年に国立新美術館の「古典×現代2020」で刀剣と組み合わせて展示され、2022年から2024年にかけては高松市美術館、静岡県立美術館、青森県立美術館へと巡回する個展が開かれました。2025年には瀬戸内国際芸術祭2025や、徳島県立近代美術館の展覧会にも参加しています。
日本で見られる場所
常設で見られる場所はなく、企画展の機会に限られます。鴻池は作品を一か所に固定せず、人や土地とともに動かすことを選んでいるからです。
そのなかで作品との縁が深いのが高松市美術館です。《揺れる島》(2011年)や《皮絵 オオカミ》(2015年)、《風が語った昔話》(2015年)などを所蔵し、コレクション展で公開する機会があります。2025年春のコレクション展では、《風が語った昔話》のほか、大島の《逃走階段》の構想模型が展示されました。
香川県の大島(大島青松園)では、瀬戸内国際芸術祭の会期中に《リングワンデルング》や《物語るテーブルランナー》を見ることができます。芸術祭は3年に一度の開催です。
代表作の《皮緞帳》は高橋龍太郎コレクションの所蔵で、2024年には東京都現代美術館の「日本現代美術私観」展で展示されました。大規模な展示は数年に一度めぐってきます。
見どころ
《皮緞帳》の前に立ったら、まず皮のつなぎ目と、縫い合わせた糸を探してください。牛の皮を何枚も継いだ表面には、傷も毛穴も残っています。その上に描かれた狼や少女は、絵というより、皮膚に刻まれた記憶のように見えてきます。美術館で「鑑賞する」のではなく、山を歩き、島を歩いて作品に出会う。鴻池の作品は、見る側の体の動きまで含めて完成するものです。