東郷青児:なめらかな曲線と淡いカラー、昭和モダンと美人画で大衆を魅了したロマンの絵師

東郷青児:なめらかな曲線と淡いカラー、昭和モダンと美人画で大衆を魅了したロマンの絵師

画家

独特のすべすべとしたなめらかな質感と、淡いパステル調のカラーで描かれたモダンな女性たち。二科会のドンとして日本の前衛洋画を牽引しながら、数々の喫茶店や包装紙、ポスターでお茶の間を彩った巨匠の一生。

はじめに:昭和の街並みとお茶の間を彩った、モダンとエレガンスの代名詞

東郷青児(1897-1978)は、昭和時代にもっとも広く大衆に愛された洋画家の一人です。なめらかな輪郭線と、淡いグレーやピンクのパステルカラーで描かれた女性像は、甘美で、哀愁があり、都会的な洗練に満ちています。その絵は美術館にとどまらず、喫茶店の内装、包装紙、書籍の装丁、ポスターなど、昭和日本の「生活のなかのデザイン」として溶け込んでいました。

生涯:早すぎたデビュー、パリの7年、そして二科会の重鎮へ

1897年、鹿児島市に生まれました。本名は鉄春(てつはる)。青山学院に学び、洋画家の有島生馬に見出されます。1916年、19歳で第3回二科展に出品した《パラソルさせる女》がいきなり二科賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾りました。キュビスムや未来派といった当時の最先端の造形を、すでに自分のものとして消化していた早熟ぶりでした。

1921年に渡仏し、およそ7年をヨーロッパで過ごします。パリで前衛美術の渦中に身を置き、キュビスムやシュルレアリスムを吸収しました。1928年に帰国すると、日本の在野洋画団体である二科会で活動し、1931年に会員となります。

そして戦後、東郷の画風は大きく方向を変えました。前衛的な実験から離れ、「誰が見ても美しく、親しみやすい、洗練された女性像」へと表現を集約させていきます。この選択は当時の批評家から「通俗的だ」と批判されもしましたが、東郷は自分の絵が広く暮らしのなかに届くことを選びました。1961年に二科会会長に就任し、日本芸術院会員、文化功労者となり、画壇の重鎮として君臨します。1976年には新宿に安田火災東郷青児美術館が開館。その2年後の1978年、80歳で亡くなりました。

画風の特徴:陰影を消した、なめらかな面

東郷の女性像を他の洋画家から分けているのは、陰影をほとんど排したなめらかな肌の表現です。人物には立体感を出すための濃い影がなく、淡い色が均質に広がり、輪郭線だけが形を決めています。この平面性は、油彩でありながら日本の版画やポスターの感覚に近く、印刷物として複製されたときにこそ真価を発揮しました。色数は極端に抑えられ、灰色がかった青、ばら色、乳白色といった中間色が中心です。目は伏せられ、視線がこちらへ向かうことはほとんどありません。この「見られているのに、見返してこない」距離感が、東郷の絵に独特の哀愁を与えています。

代表作

  • パラソルさせる女(1916年/SOMPO美術館):19歳での二科賞受賞作。幾何学的に分解された画面に、日傘を持つ女性が配されています。後年の甘い女性像とはまるで違う、前衛画家としての東郷の出発点です。
  • 超現実派の散歩(1929年/SOMPO美術館):帰国直後、第16回二科展に出品された代表作。シュルレアリスムの影響を受けた不思議な空間に、東郷らしいなめらかな人物が置かれています。SOMPO美術館のロゴマークにも用いられている、館を象徴する一点です。
  • 女性像の連作(1950年代-70年代):東郷といえばこの系統です。伏し目がちの横顔、長い首、抑えた中間色。同じ主題を数十年にわたって描き続け、昭和の「美人画」の一典型をつくりました。
  • 喫茶ソワレの装飾(京都):京都・木屋町の喫茶店ソワレには、東郷が店のために描いた絵が飾られています。東郷が目指した「暮らしのなかの絵」の実例です。

同時代の画家との関係

デビューを後押ししたのは、二科会の中心にいた洋画家・有島生馬です。二科会は官展に対する在野の勢力で、東郷はここで藤田嗣治、古賀春江ら同時代の作家と交わりました。戦後は運営の中心となり、若手の登竜門としての二科展を支える一方、その強い影響力ゆえに画壇の権威主義の象徴として批判されることもありました。

日本で見られるか

東郷は日本の画家ですから、作品を見る機会は豊富です。中心となるのは新宿のSOMPO美術館(旧・安田火災東郷青児美術館)で、《パラソルさせる女》《超現実派の散歩》をはじめ多数の東郷作品を所蔵し、コレクション展で定期的に公開しています。同館はゴッホ《ひまわり》を所蔵することでも知られ、あわせて訪ねる価値があります。故郷の鹿児島市立美術館や、仙台のカメイ美術館など、各地の美術館にも東郷作品があります。京都の喫茶ソワレでは、美術館とはまったく違う環境で東郷の絵に出会えます。

見どころ

東郷の女性像の前では、影がどこにあるかを探してみてください。ほとんど見つからないはずです。それでも平板に見えないのは、輪郭線の太さをわずかに変え、色の温度をずらして奥行きを出しているからです。そして初期の《パラソルさせる女》と晩年の女性像を並べて見てください。同じ画家がなぜここまで変わったのか、その距離こそが東郷青児の物語です。