秋田の行事:藤田嗣治が15日で描いた、幅20メートルの大壁画

秋田の行事:藤田嗣治が15日で描いた、幅20メートルの大壁画

名画
作者
藤田嗣治
制作年
1937年
所蔵
秋田県立美術館
所在地
秋田県秋田市

高さ3.65メートル、幅20.5メートル。藤田嗣治が秋田の米蔵にこもり、わずか15日、実働174時間で描き上げた巨大壁画です。秋田県立美術館の2階大壁画ギャラリーで常設展示され、いつでも実物に会えます。

秋田の行事は、藤田嗣治が1937年に描いた高さ3.65メートル、幅20.5メートルの大壁画です。秋田の祭りと人々の暮らしが、四季をまたいで一つの画面に途切れなく展開します。秋田県立美術館の2階大壁画ギャラリーで常設展示されており、開館日であれば実物を見ることができます。

秋田の行事とは

1937年(昭和12年)に油彩・キャンバスで描かれた作品で、寸法は365.0×2050.0センチ。所蔵は公益財団法人平野政吉美術財団で、秋田県立美術館が展示しています。

画面は右から左へ、秋田市の商人町・外町にまつわる祝祭と日常が流れるように並びます。右端は日吉八幡神社の秋の例祭、続いて太平山三吉神社の春の梵天奉納祭、夏の竿燈、そして雪に包まれた冬の暮らしへ。異なる季節が同じ地平の上に共存する、絵巻のような構成です。

登場する人物は数百人にのぼり、祭りの担ぎ手や見物する家族、荷を運ぶ人、犬や馬までが描き込まれています。空は暗く沈み、そのなかで人々の衣装や提灯の色が鮮やかに浮かび上がります。藤田がパリで確立した滑らかな肌の描写も、秋田の女性たちの顔にそのまま生かされています。

どこで見られる?

  • 所蔵先:公益財団法人平野政吉美術財団が所蔵し、秋田県立美術館(秋田県秋田市中通)で展示されています。
  • 公開状況:同館2階の大壁画ギャラリーで常設展示されています。「常設展示のため、開館日であればほぼ確実に実物と対面できます」等、記事単体で成立する表現に直す。
  • 所在地:秋田市中通、JR秋田駅から徒歩約10分。中心市街地にあり、竿燈まつりの会場となる竿燈大通りも近くにあります。
  • あわせて見たい:同館は平野政吉コレクションとして藤田の油彩や素描を多数所蔵しており、《自画像》など他の作品と並べて見ることができます。

公開時期は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 圧倒的なスケール:幅20.5メートルの画面は、展示室に入った瞬間に視野を覆い尽くします。全体を一望する位置と、細部に近づく位置の両方から見ることで印象が大きく変わります。
  • 四季が同居する構成:春の梵天、夏の竿燈、秋の例祭、冬の雪景色が一つの地平線上に並びます。時間の異なる場面をひと続きに描く発想は、日本の絵巻の伝統と通じるものです。
  • 群像としての秋田の人々:描かれるのは英雄でも神話でもなく、祭りに集い働く市井の人々です。藤田がパリで培った描写力が、秋田の生活そのものへ向けられています。

描かれた背景

この壁画は、秋田の米穀商・平野政吉の依頼で生まれました。平野は藤田の作品を集め、それを収める美術館の建設を構想していました。1937年、平野が用意した米蔵をアトリエとして、藤田は制作に取りかかります。

藤田は画面に「昭和十二年自二月廿一日至三月七日 百七十四時間」と記しました。2月21日から3月7日までの約15日間、実働174時間でこの巨大な画面を描き上げたことになります。しかし戦時体制の進行により美術館の建設は中止となり、壁画は長く平野家の米蔵にしまわれたままでした。一般に公開されたのは、完成からおよそ30年後の1967年のことです。

藤田はこの制作の前後に秋田を訪れ、祭りや人々の暮らしを実際に見て歩きました。壁画に描かれた竿燈や梵天は、資料だけから起こした図ではなく、その場で見た経験にもとづいています。パリ画壇で名を成した画家が、日本の地方都市の祝祭にこれほどの規模で取り組んだことは、藤田の画業のなかでも異例でした。のちに日本を離れ、フランス国籍を取得して生涯を終えた藤田にとって、この壁画は日本の土地と最も深く結びついた仕事のひとつと言えます。

まとめ

秋田の行事は、パリで名を成した藤田嗣治が日本の地方都市の祭礼と暮らしに正面から向き合った、規模でも内容でも例のない作品です。秋田県立美術館で常設展示されているため、旅程を組みやすいのも魅力です。夏の竿燈まつりの時期に訪れれば、絵の中の光景を現実で確かめることもできます。