人生は戦いなり(黄金の騎士):クリムトが金箔で描いた寓意の騎士

人生は戦いなり(黄金の騎士):クリムトが金箔で描いた寓意の騎士

名画
作者
グスタフ・クリムト
制作年
1903年
所蔵
愛知県美術館
所在地
愛知県名古屋市

クリムトが1903年に描いた《人生は戦いなり(黄金の騎士)》は、愛知県美術館(名古屋市)の所蔵品です。日本の公立美術館が収蔵した最初のクリムト油彩画で、金箔の輝きは実物でしか味わえません。通年展示ではないため、事前の確認が欠かせない一点です。

金色に輝く甲冑の騎士が、黒い馬にまたがって花咲く野に立っています。グスタフ・クリムトが1903年に描いた《人生は戦いなり(黄金の騎士)》は、名古屋市の愛知県美術館が所蔵する一点です。日本の公立美術館が収蔵した最初のクリムトの油彩画として知られています。

《人生は戦いなり(黄金の騎士)》とは

制作年は1903年、技法は油彩・テンペラ・金箔、画布で、大きさは100.0×100.0センチメートルの正方形です。愛知県美術館の解説によれば、本作は1903年の第18回ウィーン分離派展に出品されました。当時のクリムトは、ウィーン大学講堂の天井画をめぐる大きな論争のただなかにあり、分離派の会長として批判を浴びながら芸術の刷新を主張していました。

描かれているのは地上の戦場ではなく、官能的な美が広がる楽園のような世界です。同館の解説はここにクリムトの心境の大きな変化を読み取っています。金と工芸的な要素を大胆に取り入れ、応用美術と純粋美術を統合しようとした、画家の芸術的な宣言といえる作品です。画面には黒馬にまたがる黄金の騎士のほか、金色の葉の森、踏みつけられた足元の蛇、木々の奥にひそむ骸骨、背後に咲く色とりどりの花が配され、寓意に満ちた情景が組み立てられています。

タイトルがふたつあるのも、この作品の面白いところです。「人生は戦いなり」という寓意的な題と、「黄金の騎士」という見たままの題。1905年にクリムト自身が所有者から作品を借りようとした際には、後者のより直接的な呼び名を使ったと伝えられています。画家自身が、寓意と造形のどちらからでも呼べる絵として扱っていたことがうかがえます。

どこで見られる?

  • 所蔵先:愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
  • 所在地:愛知県名古屋市東区東桜一丁目13番2号
  • 展示状況:通年の常設展示ではありません。会期ごとに内容が変わるコレクション展のなかで公開され、国内外の展覧会へ貸し出される時期もあります。同館は過去に、本作の展示予定や貸出の予定を新着情報で告知しています
  • 観覧料:コレクション展は一般500円、大学生300円、高校生以下は無料です(20名以上の団体は一般400円、大学生240円)。企画展は別料金です
  • 開館時間:10階の愛知県美術館は午前10時から午後5時までです

展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 金の質感:金箔とテンペラを用いた甲冑は、光の当たり方で見え方が変わります。印刷では出ない輝きこそ、実物を見る最大の理由です
  • 黒馬との対比:闇のように黒い馬と、まばゆい黄金の騎士。強さと危うさが同じ画面に同居しています
  • 正方形の画面:一辺100センチの正方形という構成が、装飾的な平面性を強め、絵画と工芸の境目をあいまいにしています

この絵が日本にある理由

本作は1903年の分離派展で公開されたのち、ウィーンの実業家カール・ヴィトゲンシュタインが購入しました。1928年には娘のヘルミーネが相続し、1983年にはロンドンのサザビーズで競売にかけられ、その後はニューヨークの画廊が所蔵していたと伝えられます。

そして開館準備を進めていた愛知県が1989年にこの作品を購入しました。購入額は1140万ドル、日本円にしておよそ17億7000万円と報じられています。購入資金は、トヨタ自動車が愛知県に寄付した1300万ドル(およそ20億円)が原資になったと伝えられています。愛知県美術館は1992年10月30日に開館し、以来この作品を所蔵し続けています。

クリムトの油彩画を日本の公立美術館が収蔵したのは、これが最初でした。個人の手を離れて公のコレクションに入ったことで、誰もが数百円の観覧料で向き合える名画になったわけです。本作はその後も国内外のクリムト展にたびたび出品され、愛知県美術館を代表する一点として国際的にも知られています。

まとめ

《人生は戦いなり(黄金の騎士)》は、クリムトの黄金の時代を代表する一点で、愛知県美術館のコレクションの核となる作品です。ただし通年展示ではないため、この絵を目的に名古屋を訪れるなら、コレクション展の出品内容や新着情報を必ず確認してください。実物の金の輝きは、写真とはまったく別のものです。