源氏物語絵巻:現存最古の絵巻が伝える、平安王朝の光と影

源氏物語絵巻:現存最古の絵巻が伝える、平安王朝の光と影

名画
作者
伝藤原隆能ほか(筆者不詳)
制作年
12世紀(平安時代)
所蔵
徳川美術館・五島美術館
所在地
愛知県名古屋市・東京都世田谷区
指定
国宝

紫式部の物語を12世紀に絵画化した、現存する日本最古の絵巻。国宝の原本は徳川美術館と五島美術館に分蔵され、公開は年にわずかな期間だけです。吹抜屋台や引目鉤鼻など、日本絵画の原型といえる表現がここに詰まっています。

源氏物語絵巻は、紫式部の『源氏物語』を絵画化した、現存する日本最古の絵巻です。平安時代の12世紀に制作され、国宝に指定されています。ただし原本は名古屋と東京の二つの美術館に分蔵されており、実物が公開されるのは一年のうちごくわずかな期間に限られます。

源氏物語絵巻とは

『源氏物語』が成立してからおよそ150年後の12世紀につくられた絵巻で、現存する日本の絵巻のなかで最も古い作品です。詞書と絵を交互に配置する形式をとり、筆者は伝承では藤原隆能とされてきましたが、実際には複数の絵師と書き手が分担して制作したと考えられています。

もとは全54帖が絵巻化されていたとみられますが、現在残っているのは全体のおよそ4分の1、巻数にして4巻分にすぎません。江戸時代に尾張徳川家と阿波蜂須賀家へ分かれて伝わった結果、現在は徳川美術館に絵15面と詞書28面、五島美術館に絵4面と詞書9面が所蔵されています。徳川美術館所蔵分は平成24年の修理を経て、絵を一段ごとに分けた15巻の短い巻子装に戻されました。

絵巻は右から左へ巻きながら見る形式で、詞書を読み、絵を見て、また次の詞書へ進むという鑑賞の流れを前提としています。一場面ごとの絵は横幅40センチ前後で、決して大きくはありません。しかしその限られた画面のなかに、登場人物の関係や場の空気、物語の緊張が凝縮して描き込まれています。

どこで見られる?

  • 所蔵先:徳川美術館(愛知県名古屋市)と五島美術館(東京都世田谷区)の2館に分蔵されています。
  • 公開状況:どちらも常設展示ではありません。徳川美術館では例年11月下旬に数場面ずつ特別公開され、2025年には開館90周年を記念して10年ぶりに全点が一堂に公開されました。五島美術館では毎年ゴールデンウィークの頃に1週間程度の展示が予定されています。
  • 所在地:徳川美術館は名古屋市東区徳川町、五島美術館は東京都世田谷区上野毛にあります。
  • 復元模写:徳川美術館は平成11年から17年にかけて「平成復元模写事業」を実施し、科学的分析にもとづいて制作当初の色彩をよみがえらせた復元模写を完成させています。

公開時期は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 吹抜屋台:建物の屋根や天井を取り払い、室内を斜め上から見下ろすように描く技法です。柱や几帳が画面を斜めに区切り、その線の配置がそのまま人物どうしの距離や緊張を語る装置になっています。
  • 引目鉤鼻:細い線の目と鉤形の鼻で顔を描く様式で、表情をあえて説明しません。感情は姿勢や視線の向き、周囲の調度によって暗示され、読み手の想像に委ねられます。
  • 厚く塗り重ねられた絵具:顔料を盛り上げるように重ねる技法が用いられ、長い年月で剥落が進みました。剥落した層の下から下描きの線が現れ、当時の制作手順を伝える資料にもなっています。

描かれた背景

『源氏物語』は11世紀初頭に紫式部が書いた物語で、平安貴族の社会で広く読まれました。その物語を絵巻という形にすることは、当時の宮廷にとって大がかりな文化事業でした。詞書を書く能書家と絵を描く絵師が分担し、金銀の砂子を撒いた華やかな料紙を用いるなど、材料にも贅が尽くされています。

絵巻は物語のすべてを順に描くのではなく、心理の転換点となる場面だけを選び取っています。柏木が病に伏す場面、光源氏が幼い薫を抱く場面など、どの瞬間を切り取ったかという選択そのものが、絵巻に込められた読解だと言えます。物語が書かれた時代からさほど遠くない時期の人々が、この物語をどう読んだかを教えてくれる証言でもあります。

原本の公開が年に数日から2週間ほどに絞られているのは、厚く盛り上げた絵具の剥落が進み、光や湿度の影響を受けやすい状態にあるためです。展示のたびに慎重な条件管理が必要となるため、まとまった数の場面が同時に並ぶ機会は滅多にありません。徳川美術館が長い時間をかけて復元模写事業に取り組んだ背景にも、原本をできるだけ休ませながら、制作当初の鮮やかな姿を人々に伝えたいという意図がありました。

まとめ

源氏物語絵巻は、物語文学と絵画が最も高い水準で結びついた作品であり、日本絵画史の出発点に立つ国宝です。実物と向き合える機会は年に数日から2週間程度と限られていますので、徳川美術館と五島美術館それぞれの展示予定を早めに調べ、旅程を組んで訪ねることをおすすめします。