ウィレム・デ・クーニング:《ウーマン》で世界を騒がせた、抽象表現主義のもう一人の王
オランダから貨物船で密航してアメリカに渡り、ポロックと並ぶ抽象表現主義の頂点に立ったウィレム・デ・クーニング。激しい筆致の《ウーマン》連作で美術界を騒然とさせた巨匠の生涯。
ウィレム・デ・クーニング(1904-1997)は、オランダ生まれでアメリカを拠点に活動した画家です。ジャクソン・ポロックと並ぶ抽象表現主義の中心人物でありながら、人体のイメージを手放さなかったことで知られます。
生涯:密航者から、アメリカ美術の頂点へ
1904年、ロッテルダムに生まれました。12歳で装飾・デザイン会社に見習いとして入り、働きながらロッテルダム美術アカデミーの夜間課程で8年間学んでいます。この徹底した職人的訓練が、のちの確かな描写力の基礎になりました。
1926年、22歳のとき貨物船に無賃乗船して大西洋を渡り、アメリカへ密入国します。ニュージャージー州ホーボーケンで住宅のペンキ塗りなどをして食いつなぎ、やがてニューヨークへ。1930年代にはアーシル・ゴーキーと親交を結び、公共事業促進局(WPA)の美術プロジェクトにも短期間参加しました。
初個展は1948年、44歳のとき。黒と白のエナメル塗料による抽象画が高く評価され、一気に前線へ出ます。1953年に発表した《ウーマンI》をはじめとする女性像連作は、抽象へ進んだはずの画家が具象へ戻ったとして大きな論争を呼びました。1960年代からロングアイランドのイースト・ハンプトンに居を移し、1980年代には白地に赤や青の帯が流れる軽やかな抽象へ到達します。1989年に高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)を受賞。晩年は認知症を患い、1997年、92歳で没しました。
画風の特徴
描いては削り取り、また塗るという工程を長期間反復します。絵具にはしばしば油や溶剤を混ぜて乾きを遅らせ、何日も画面をやり直せる状態に保ちました。その結果、消された形の痕跡が層として画面に残ります。ピンクや黄土色といった肉を思わせる色と、鋭いナイフのような白い筆跡の組み合わせが特徴的です。
代表作
- ウーマンI(1950-52年/ニューヨーク近代美術館):2年近く描き直された女性像。剥き出しの歯と巨大な目が強い印象を残します。
- 発掘(1950年/シカゴ美術館):画面全体に肉体の断片のような形がひしめく初期抽象の代表作です。1950年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品されました。
- アティック(1949年/メトロポリタン美術館):黒と白のエナメル連作の到達点を示す作品です。
- 無題 IIIなど1980年代の連作(各所蔵):白い地に色帯が漂う晩年様式です。
- 同時代の画家との関係
アーシル・ゴーキーは最も近い友人で、互いにアトリエを行き来する関係でした。ジャクソン・ポロックとは抽象表現主義の二大巨頭として並び称され、批評家クレメント・グリーンバーグはポロックを支持し、ハロルド・ローゼンバーグは「アクション・ペインティング」の語でデ・クーニングらの制作を論じています。マーク・ロスコやフランツ・クラインも同じニューヨーク・スクールの一員でした。
日本で見られるか
国内に主要な油彩は多くありません。徳島県立近代美術館が作品を所蔵するほか、彫刻の森美術館(箱根)はデ・クーニングの彫刻を屋外展示しています。絵画のまとまった機会は限られ、2014年にブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)で開かれた回顧展が近年では最大規模でした。
見どころ
筆跡の重なり順を追ってください。どの色が下でどれが上かを見ていくと、画家が何を消したかが見えてきます。《ウーマン》連作では、正面から見た顔と横から見た身体が同居している箇所を探すとよいでしょう。晩年作では逆に、絵具の層がほとんどなく、一筆で決まっていることに注目してください。
代表作ギャラリー


作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)
