『今日の芸術』:岡本太郎が突きつける「うまくあってはならない」という爆弾
「芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」1954年刊行、今なお読者の常識を爆破し続ける岡本太郎の芸術論の古典です。
はじめに:70年前に書かれた、永遠に新しい挑発
『今日の芸術 時代を創造するものは誰か』(岡本太郎 著)は、「太陽の塔」の作者が1954年に光文社から世に問うた芸術論です。「芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」。刊行当時ベストセラーとなったこのテーゼは、70年以上を経た今も、読む者の「いい絵」の基準を根底から揺さぶります。
書誌:70年間、かたちを変えて生き延びた本
初版は1954年、光文社から。1963年にはカッパ・ブックスの一冊として出し直され、1973年には講談社文庫にも入りました。その後しばらく絶版の時期が続きましたが、1999年3月に光文社知恵の森文庫として改訂再刊され、いまも新刊書店の棚に並んでいます。この文庫版には横尾忠則と赤瀬川原平がそれぞれ文章を寄せていて、この二人の名前が並ぶこと自体が、本書が戦後日本の表現者たちに与えた衝撃の大きさを物語っています。本文は全6章、三百ページ余り。図版に頼らず言葉だけで進んでいく本なので、通勤の電車でも読み通せる分量です。
著者について:制作と地続きの言葉
岡本太郎(1911〜1996)は、漫画家・岡本一平と作家・岡本かの子の長男として生まれました。1930年代の大半をパリで過ごし、パリ大学で哲学や民族学を学びながら、抽象美術やシュルレアリスムの運動に加わっています。帰国、応召、そして戦後の再出発を経て本書を書いたのは、40代前半のことでした。画家としての実作、縄文土器や沖縄をめぐる調査、1970年の大阪万博「太陽の塔」まで、その著述はつねに自身の制作と地続きです。『日本の伝統』『沖縄文化論』など、美術の枠に収まらない著作も数多く残しました。
この本の3つの見どころ(読みどころ)
1.三つの「あってはならない」の真意
うまさ・きれいさ・心地よさは、過去に誰かが作った価値の再生産にすぎない。だから捨てろ——。乱暴に聞こえますが、その先にあるのは「誰の中にも創造の衝動がある」という徹底した肯定です。下手だから描かない、才能がないから作らない。そんな言い訳を粉々にしてくれる。芸術論であると同時に、強烈な人生論なのです。
2.「芸術は爆発だ」の思想的背景
晩年の流行語の源流には、二つの決定的な出会いがあります。ひとつは1930年代のパリで受けたピカソの衝撃。もうひとつは1951年11月、東京国立博物館で縄文土器に出会った経験です。後者は翌年「四次元との対話——縄文土器論」として美術誌に発表され、1956年の著書『日本の伝統』へと結実しました。西洋の前衛と日本の古層、その両方を握りしめた人の言葉だからこそ、本書は説得力を持ちます。
3.見る側への檄文
本書の矛先は作り手だけでなく、「わからないから」と現代美術を敬遠する鑑賞者にも向きます。わからないものに出会ったときこそ、自分が試されている——。美術館での態度が一撃で変わります。
どんな読者に向くか
予備知識はまったく要りません。専門用語も美術史の年表も出てこず、目の前の読者に語りかけるような文体で最後まで進みます。辞書のように引く本ではなく、頭から通して読む本です。作品名や画家の名を覚えるための本でもないので、「美術に興味はあるが、どこから手をつけていいかわからない」という人の一冊目として向いています。むしろ効くのは、絵を描いてみたいのに下手だからと諦めている人、子どもの絵をどう見ればいいか迷っている人でしょう。反対に、体系立った美術史の知識を求める人には物足りないはずです。
類書との違い
入門書の多くは「知ればわかる」という方向で書かれます。本書はその逆で、知識が鑑賞の邪魔になるとまで言い切ります。しかもそれを、評論家ではなく実作者が、自作を売り込むためでなく読者を焚きつけるために書いている。ここが決定的に違うところです。
この本を読んだ後の、おすすめのアクション
岡本太郎の実物と対峙する:生田緑地にある川崎市岡本太郎美術館(改修のため2026年3月30日から2029年3月末の予定で展示室は休室中。無料スペースのミニ展示と屋外の「母の塔」は見られます)、旧アトリエをそのまま残した南青山の岡本太郎記念館、そして大阪・万博記念公園の太陽の塔。太陽の塔は耐震工事とあわせた内部再生を経て2018年3月に一般公開が始まり、高さ約41メートルの「生命の樹」や復元された「地底の太陽」を見上げられるようになりました(事前予約制)。本書を読んでから対面する太郎作品は、まさに「爆発」です。
まとめ
『今日の芸術』は、アートを「教養」ではなく「生き方」の問題として突きつけてくる古典です。何かを表現したいすべての人の背中を、力いっぱい蹴飛ばしてくれます。
Kindle版:今日の芸術 新装版(光文社文庫)
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