『日本近代美術史論』:明治の画家たちは何と格闘していたのか
西洋美術が流れ込んだ明治以降、日本の画家が抱えた矛盾と選択を論じた古典的名著。黒田清輝や青木繁らを具体的に読みながら、日本の近代絵画がなぜあのような姿になったのかを明快に説き明かします。
日本の美術館には、明治から昭和にかけての油彩画や日本画がたくさん並んでいます。しかし多くの人は、西洋美術史や江戸の絵画ほどにはこの時代を語る言葉を持っていません。『日本近代美術史論』(高階秀爾 著)は、その空白を埋めてくれる一冊です。もとは1972年に刊行された論集で、文庫版は講談社文庫とちくま学芸文庫(2006年)で出ており、現在はKindle版(講談社文庫)で読めます。
著者の高階秀爾さんは西洋美術史を専門としながら、日本近代美術についても大きな仕事を残した美術史家です。西洋の文脈を熟知した人が日本の近代を見るという立ち位置が、本書の切れ味を生んでいます。
この本の3つの読みどころ
1. 「移入」ではなく「格闘」として近代を描く
明治の画家たちは、西洋の技法と美意識を短期間で学ばねばなりませんでした。本書はその過程を、素直な受容の物語としては描きません。遠近法をどう受け止めるか、裸体をどう扱うか、油彩で何を描くべきか。西洋の枠組みと自分たちの感覚がぶつかる地点で、画家たちが何を選び何を諦めたのかが具体的に論じられます。
2. 個々の作品に踏み込んだ読解
本書は通史ではなく、主題ごとの論考を束ねた構成です。そのぶん一つひとつの記述が深く、有名な作品を細部まで読み込んでいきます。なぜこの構図なのか、なぜこの色なのか。作品を前にした具体的な観察から議論が立ち上がるので、抽象的な文化論にならずに済んでいます。
3. 日本画と洋画を切り離さない
近代美術史はしばしば日本画と洋画に分けて語られますが、本書はその両方を同じ問題の表れとして扱います。伝統をどう継ぐか、西洋にどう応じるかという課題は、画材や様式を越えて共通していたからです。この視点を得ると、美術館で日本画の部屋と洋画の部屋を続けて歩くときの見え方が変わります。
どんな読者に向くか
予備知識はあったほうが読みやすい本です。明治から昭和初期の代表的な画家の名前をいくつか知っていると、議論を追いやすくなります。とはいえ論考ごとに独立しているため、興味のある章から読むことができ、通読を義務づけられる本ではありません。文体は端正で読みやすく、学術論文のような堅苦しさはありません。日本の近代絵画をなんとなく眺めてきた方が、一段深く理解したいときの一冊として最適です。文庫で手に入るのも大きな利点で、美術館へ行く電車のなかで読むこともできます。西洋美術史の入門書を何冊か読んだ方が、その知識を日本に接続するための橋渡しとしても機能します。
関連して見に行けるもの
本書が扱う時代の作品を見るなら、東京国立近代美術館(東京・竹橋)が第一候補です。明治以降の日本画と洋画をあわせて所蔵し、常設展示にあたる所蔵作品展で通史的に見ることができます。東京・上野の東京藝術大学大学美術館は、黒田清輝ら教授陣の作品を含む近代美術のコレクションで知られています。ほかに、京都国立近代美術館、大原美術館(岡山県倉敷市)、ブリヂストン美術館の流れをくむアーティゾン美術館(東京・京橋)も、日本近代洋画をまとまって見られる館です。本書を読んでから所蔵作品展を歩くと、これまで足早に通り過ぎていた部屋で立ち止まるようになるはずです。
まとめ
『日本近代美術史論』は、日本の近代を「遅れて西洋を追いかけた時代」として片づけない本です。そこには固有の困難と、それに対する真剣な回答がありました。日本美術を江戸で終わらせず、いまへとつながる線として見たい方に、確かな一冊としておすすめします。
Kindle版:日本近代美術史論(講談社文庫)
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