ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号:ターナーが赤い一点で勝負を決めた海景画
- 作者
- ジョセフ・マラード・ウィリアム・ターナー
- 制作年
- 1832年
- 所蔵
- 東京富士美術館
- 所在地
- 東京都八王子市
イギリスを代表する画家ターナーが1832年に描いた海景画で、東京都八王子市の東京富士美術館が所蔵します。ロイヤル・アカデミー展でコンスタブルの大作と並べられ、最後に赤いブイを描き足したという逸話で知られる一点です。
ジョセフ・マラード・ウィリアム・ターナーの《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》は、1832年に描かれた油彩の海景画です。イギリス絵画を代表するこの作品は、いまロンドンではなく東京都八王子市の東京富士美術館に収められています。ロイヤル・アカデミー展での「赤いブイ」の逸話とともに、美術史の本にたびたび登場する有名な一点です。
《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》とは
作者のターナー(1775〜1851年)は、光と大気の表現を追い求め、のちの印象派にも影響を与えたイギリスの画家です。本作は油彩・カンヴァスで、寸法は91.4×122.0センチ。1832年のロイヤル・アカデミー展に出品された6点のうちの1点で、発表当初から高い評価を得ていました。
描かれているのは、オランダの港ヘレヴーツリュイスから海へ出ていく軍艦「ユトレヒトシティ64号」です。この艦は1688年の名誉革命の際、イギリス議会に招請されたオランダ提督オレンジ公ウィリアムがイギリスへ向けて出航した艦隊の先導艦にあたります。歴史上の大事件を扱いながら、ターナーはそれを人物の劇的な身振りでは語りません。海、空、光、風という自然の要素そのものに語らせ、「歴史画」の枠を超えた海景画に仕立てているのが本作の非凡なところです。
どこで見られる?
- 所蔵先:東京富士美術館
- 所在地:東京都八王子市谷野町492-1
- 展示状況・観覧料:同館は常設展示「西洋絵画 ルネサンスから20世紀まで」を設けており、常設展「西洋絵画 ルネサンスから20世紀まで」の会期は2026年10月3日(土)〜12月27日(日)。次の会期は2027年1月26日(火)〜3月28日(日)。なお同館は2026年6月22日〜10月2日まで館内整備のため全館休館。。観覧料は開催中のすべての展示が対象で、2026年10月3日〜12月27日の会期は当日券が大人1,500円、大学・高校生900円、中学・小学生500円(オンラインチケットは大人1,200円、大学・高校生800円、中学・小学生400円)です。開館時間は10時〜17時(受付は16時30分まで)、休館日は月曜日(祝日・振替休日の場合は開館し翌火曜日が休館)、年末年始、展示替期間です。
展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 最後に描き足された赤いブイ:1832年のロイヤル・アカデミー展で、本作はジョン・コンスタブルが十年以上かけた大作《ウォータールー橋の開通式》の隣に掛けられました。朱色をちりばめた隣の絵に対抗するため、ターナーは灰色がかった海面に最後の仕上げとして赤い絵具を一点置き、のちにブイの形へと整えたと伝えられます。小さな赤が画面全体を引き締める、色彩を知り尽くした画家ならではの一手です。
- 主役は船ではなく大気:画面の大半を占めるのは船体ではなく、水平線までひろがる空と波です。灰色から銀色へ、そして淡い金色へと移ろう色の層をたどっていくと、湿った海の空気と風の向きまで感じ取れます。ターナーが「光の画家」と呼ばれる理由が、この一枚に凝縮されています。
- 「64」という数字の意味:題名の「64号」は艦の番号ではなく、搭載する大砲の数を指します。当時のイギリス人にとっては、この数字だけで艦の格がわかりました。題名を知ってから画面を見ると、静かな海の情景の奥に、名誉革命という歴史の重みが立ち上がってきます。
この絵が日本にある理由
東京富士美術館は1983年11月3日に開館した私立美術館で、創立者は池田大作です。開館にあたってはフランスの美術史家ルネ・ユイグが深く関わり、1983年6月には同館の名誉館長の称号を受けています。同館は日本・東洋・西洋にわたる約3万点を収蔵し、なかでも西洋絵画は、ルネサンスから20世紀までの流れを一望できるコレクションとして体系的に集められてきました。ターナーの本作も、その大きな流れのなかでイギリス・ロマン主義を代表する一点として迎えられたものです。
興味深いのは、この絵が日本にあるからこそ生まれた出来事です。2019年、本作は同館からロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツへ貸し出され、1832年以来187年ぶりに、テート・ブリテンが所蔵するコンスタブルの《ウォータールー橋の開通式》と並べて展示されました。八王子の丘の上にある美術館が、イギリス美術史の名場面を再現する鍵を握っていたわけです。
まとめ
《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》は、名誉革命という歴史を海と空と光で語りきったターナーの代表作のひとつです。赤いブイの逸話を知って実物の前に立つと、あの小さな一点がどれほど画面を支配しているかがよくわかります。八王子まで足を延ばして、イギリス絵画の巨匠が仕掛けた「一手」をぜひ確かめてみてください。


