見返り美人図:切手で知られる菱川師宣の肉筆浮世絵、実は文化財指定なし

見返り美人図:切手で知られる菱川師宣の肉筆浮世絵、実は文化財指定なし

名画
作者
菱川師宣
制作年
江戸時代・17世紀
所蔵
東京国立博物館
所在地
東京都台東区

振り返る一瞬をとらえた菱川師宣の肉筆浮世絵。切手の図案として全国に知られますが、国宝にも重要文化財にも指定されていません。東京国立博物館蔵で、公開は不定期です。

着物の裾をひるがえし、歩きかけた足を止めて振り返る。菱川師宣の《見返り美人図》は、切手の図案として親しまれ、日本人にもっとも見覚えのある美人画のひとつです。東京国立博物館が所蔵していますが、意外にも国宝どころか重要文化財にも指定されていません。

見返り美人図とは

江戸時代・17世紀に制作された絹本着色の肉筆画で、一幅。寸法は縦63.0センチ、横31.2センチです。東京国立博物館の列品番号A-60として登録されており、画面には「房陽菱川友竹筆」の署名があります。友竹は師宣が用いた号です。

版画ではなく筆で直接描かれた「肉筆浮世絵」であることは、意外に知られていません。菱川師宣は版本の挿絵から出発して浮世絵の様式を確立した絵師で、「浮世絵の祖」と呼ばれます。本作はその到達点にあたる一枚です。

師宣は江戸で木版の版本に挿絵を描き、評判を得ました。それまで文章の添え物にすぎなかった挿絵を、絵そのものを見るためのものへと変えたのが師宣の功績です。やがて一枚摺の版画や、本作のような肉筆画も手がけるようになります。つまり《見返り美人図》は、量産される版画で名を上げた絵師が、一点ものの絵として仕上げた作品にあたります。

どこで見られる?

  • 所蔵先:東京国立博物館
  • 公開状況:常設展示ではありません。絹に描かれた作品は光や湿度の影響を受けやすいため、総合文化展のなかで期間を限って公開されます。数年ぶりの公開となる年もあり、頻度は決して高くありません
  • 所在地:東京都台東区上野公園

公開時期は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 振り返る一瞬:背景は何も描かれず、人物だけが空間に浮かびます。歩みを止めて首をめぐらせた瞬間だけを切り取ることで、その前後の動きまで想像させます。次に彼女が正面を向くのか、また歩き出すのかは、見る人に委ねられています
  • 元禄の装い:緋色の小袖、結い上げた髪、帯の結び方まで、当時の最新の流行が丁寧に写されています。何を着てどう髪を結うかが都市の関心事だった時代の記録として、風俗資料の価値も高い作品です
  • 衣紋線の張り:裾から袖へ流れる輪郭線は太く迷いがなく、布の重さと動きを一筆で表しています。版本の挿絵で鍛えられた線の強さが、肉筆でもそのまま生きています

描かれた背景

菱川師宣は安房国保田、現在の千葉県鋸南町の縫箔師の家に生まれ、江戸に出て絵師となりました。当時の江戸では町人が担い手となる新しい文化が育ちつつあり、その姿かたちを主題にした絵が求められるようになります。師宣はその需要に応えて、版本の挿絵を独立した鑑賞対象へと押し上げました。

元禄期の江戸は、経済的な力をつけた町人が独自の美意識を持ちはじめた時代です。歌舞伎や遊里といった流行の中心にいる人々の装いは、そのまま最新のファッションでもありました。師宣が描いたのは特定の誰かの肖像というより、その時代が理想とした女性の姿だったと考えられています。

本作が全国的に知られる決定的な契機は、1948年に発行された「切手趣味週間」の記念切手です。この切手は収集家のあいだで高値がつく人気銘柄となり、1991年にも再び図案に採用されました。作品そのものより切手を通じて記憶している人が多い、珍しい名画です。

ではなぜ、これほど有名な作品が重要文化財に指定されていないのでしょうか。指定は知名度で決まるものではなく、美術史上の位置づけや保存状態、資料的な価値など複数の観点から審査されます。師宣の肉筆画は他にも伝わっており、本作だけが突出して稀少というわけでもありません。人気と文化財指定は別の物差しである、という事実をわかりやすく示す例といえます。近年は東京国立博物館と文化財活用センターによる修理プロジェクトの対象にもなり、作品を長く伝えるための手当てが続けられています。

まとめ

《見返り美人図》は、指定文化財ではないにもかかわらず、東京国立博物館を象徴する作品として愛されてきました。公開は不定期なので、上野へ出かける前に展示情報を確かめてください。実物と対面すると、切手の印象より小ぶりで、線の太さに驚くはずです。