麗子微笑:岸田劉生が娘を描いた、愛らしさと不気味さが同居する重要文化財
- 作者
- 岸田劉生
- 制作年
- 大正10年(1921)
- 所蔵
- 東京国立博物館
- 所在地
- 東京都台東区
- 指定
- 重要文化財
岸田劉生が8歳の長女・麗子を描いた大正期の代表作で、重要文化財。写実を突き詰めた結果、どこか現実離れした存在感が生まれています。東京国立博物館蔵で、公開は期間限定です。
おかっぱ頭の少女が、口の端をわずかに上げてこちらを見ている。岸田劉生が娘の麗子を描いた《麗子微笑》は、一度見たら忘れられない存在感で知られる日本近代洋画の代表作です。東京国立博物館が所蔵する重要文化財にあたります。
麗子微笑とは
大正10年(1921)に制作されたカンヴァスの油彩画で、寸法は縦44.2センチ、横36.4センチ。1971年6月22日に重要文化財へ指定されました。
描かれているのは劉生の長女・麗子で、このとき8歳です。劉生は麗子を主題にした作品を数多く残しており、油彩と素描を合わせるとその数は数十点にのぼります。そのなかでも本作は、完成度と知名度の両面で頂点に位置する一点です。
麗子を描いた連作は大正7年(1918)ごろに始まり、劉生が38歳で亡くなるまで続きました。年を追うごとに表情や描き方は変化し、あどけない幼児から、能面や中国の仕女図を思わせる様式的な顔立ちへと移っていきます。《麗子微笑》はその変化の途上にあり、写実と様式化がちょうど拮抗している一点といえます。大きく描かれた頭部に対して、肩掛けを握る手は不釣り合いなほど小さく、毛糸の質感は繊維が数えられそうなほど精密です。写実に徹しているようでいて、部分ごとの比率がずれている。その不均衡が、見る人に落ち着かない感覚を残します。
どこで見られる?
- 所蔵先:東京国立博物館
- 公開状況:常時展示ではありません。総合文化展のなかで期間を限って公開されるほか、他館の展覧会に貸し出されることもあります
- 所在地:東京都台東区上野公園
公開時期は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 微笑の解釈:口角の上がり方は、しばしばレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》を引き合いに語られます。劉生自身、西洋古典絵画の肖像から学ぼうとしており、微笑という主題への意識は明確でした
- 肩掛けの描写:赤い肩掛けの毛糸は、光の当たり方まで一本ずつ追うように描き込まれています。ここだけを切り取って見ると、人物画ではなく静物画のような執拗さです
- 背景の処理:背景は単色に近く、余計な情報がありません。人物の輪郭が浮き上がり、こちらの視線に逃げ場がなくなります。小さな画面なのに圧が強いのは、この処理のためです
描かれた背景
岸田劉生(1891〜1929)は、はじめ黒田清輝の影響下にある外光派の画風から出発し、やがてゴッホやセザンヌなど後期印象派に傾倒しました。その後デューラーやファン・エイクといった北方ルネサンスの画家たちに強く惹かれ、細部まで描き込む写実へと向かいます。
その探求のなかで劉生が掲げた目標が、彼の言う「内なる美」でした。表面を写すだけでなく、対象の奥にある存在感まで画面へ定着させようとしたのです。もっとも身近な存在である娘を繰り返し描いたのは、その実験にふさわしい対象だったからでもあります。劉生は神奈川・鵠沼で暮らした時期に、身近な風景と家族をひたすら描き続けました。壮大な主題を求めるのではなく、目の前にあるものを見尽くすという態度が、毛糸一本、髪の一筋にまで及ぶ描写の密度を生んでいます。
本作は1948年に東京国立博物館の所蔵となり、その後、重要文化財に指定されました。
「麗子像は怖い」という感想は、いまも根強く聞かれます。子どもを描いた絵でありながら、かわいらしさに落ち着かない何かが混ざる。それは劉生が、子どもらしさという既成のイメージを描こうとしなかったからでしょう。目の前にいる一人の人間を、大人と同じ密度で見つめる。その視線の強さが、見る側にも同じ強さで返ってくる。この居心地の悪さこそが、本作が100年以上語られ続けている理由です。
まとめ
《麗子微笑》は、愛らしさと不気味さが同居する不思議な肖像です。写実を徹底した結果、かえって現実離れした印象が生まれています。公開は不定期なので、上野を訪ねる前に展示情報を確認しておくことをおすすめします。
