炎舞:速水御舟が描いた、炎に群がる蛾の幻想
- 作者
- 速水御舟
- 制作年
- 1925年
- 所蔵
- 山種美術館
- 所在地
- 東京都渋谷区
- 指定
- 重要文化財
速水御舟が1925年に描いた重要文化財。闇に揺れる焚き火と、そこへ集まる十数匹の蛾を、徹底した写生と装飾的な造形で描き切りました。山種美術館が所蔵し、常設展示はなく展覧会ごとの入れ替えで公開されます。
炎舞は、日本画家・速水御舟が1925年に描いた重要文化財です。闇のなかで揺れる焚き火の炎と、そこへ引き寄せられる蛾たちを、細密な写生と幻想的な構成で描き出しました。近代日本画を代表する一点として、東京・広尾の山種美術館に所蔵されています。
炎舞とは
速水御舟が1925年(大正14年)、31歳のときに完成させた作品です。絹本・彩色の額装で、大きさは縦120.3センチ、横53.8センチ。1977年(昭和52年)に重要文化財に指定されました。
画面の下半分を大きな炎が占め、その上を十数匹の蛾が舞います。炎は赤や橙だけでなく、暗い臙脂や紫を含んだ複雑な色で塗り重ねられ、背景は光を吸い込むような深い闇に沈んでいます。舞う蛾は一匹ずつ種類も向きも異なり、羽の模様まで丁寧に描き分けられています。
縦長の画面は上下で明確に役割が分かれています。下半分は炎の熱と動き、上半分は静まりかえった闇と、そこを舞う蛾。視線は炎から立ちのぼるように上へ導かれ、やがて闇に吸い込まれていきます。実際には近づけないほどの至近距離から炎を見つめたような視点で、現実の焚き火の見え方とは異なる、周到に構成された光景です。
どこで見られる?
- 所蔵先:山種美術館(東京都渋谷区広尾)が所蔵しています。同館は速水御舟の作品を約120点所蔵しており、国内外で最大級のコレクションとされています。
- 公開状況:山種美術館は常設展示を行わず、年に5〜6回の展覧会ごとに作品を入れ替えています。炎舞も通年で展示されているわけではなく、御舟を扱う展覧会など、企画に応じて公開されます。
- 展示室:同館の第2展示室は炎舞を最良の状態で見せるために設計された空間で、暗い室内に炎と蛾が浮かび上がるよう照明が調整されています。
- 所在地:東京都渋谷区広尾、JR恵比寿駅から徒歩約10分の場所にあります。
公開時期は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 二度と描けない闇:背景の黒は単一の絵具ではなく、複数の色を重ねてつくられた深みのある暗色です。御舟自身が同じ色は再現できないという趣旨を語ったと伝えられ、偶然を含んだ色として知られています。
- 一匹ずつ違う蛾:舞う蛾は種類も姿勢もばらばらで、群れとしてまとめて処理されていません。実際に採集して写生した記録が残っており、徹底した観察がこの幻想的な画面を支えています。
- 光背のような炎:炎はそのままの写実ではなく、仏画の光背を思わせる装飾的な形にまとめられています。緻密な写生と大胆な様式化が同じ画面で両立している点が、この作品の核心です。
描かれた背景
御舟は1925年7月から9月にかけての約3か月間、家族とともに軽井沢に滞在しました。毎晩焚き火をたいてそこへ群がる蛾を写生し、また採集した蛾を室内で描くという作業を重ねています。その克明な写生の記録は現在も残されています。
御舟は細密描写を極めた作品で批判にさらされた経験を持ち、写生とは何かを問い直す時期にありました。炎舞は、対象を正確に見つめる態度と、それを超えた造形をつくろうとする意志が結びついた到達点であり、御舟の最高傑作、そして近代日本画史上の傑作として高く評価されています。四十歳で早世した御舟にとって、生涯の頂点を示す一作でもあります。
蛾が炎に引き寄せられて焼かれるという光景は、古くから東洋の説話でも語られてきた主題です。御舟がそれをどこまで意識していたかを断定することはできませんが、光背を思わせる炎の形と、そこへ吸い込まれていく小さな生き物という構図は、生と死をめぐる普遍的な図像として受け止められてきました。写生帖に残された無数の蛾のスケッチと、完成した一枚の幻想。その距離こそが、この絵の強度を生んでいます。
まとめ
炎舞は、徹底した写生から出発しながら、現実には存在しない幻想の風景へ到達した作品です。山種美術館は展覧会ごとに展示替えを行うため、いつ訪れても見られるとは限りません。訪問前に会期と出品作品リストを確認しておくと、確実に対面できます。




