レアンドロ・エルリッヒ:目を疑わせる建築の魔術師

画家

金沢21世紀美術館の「レアンドロのプール」を作った人、といえば通じるかもしれません。エルリッヒは建物やプールや階段といった日常の風景を、そっくりに作りながら少しだけ狂わせ、見る人の常識を宙づりにしてしまう作家です。

レアンドロ・エルリッヒ(1973-)は、日常の建築や風景をだまし絵のように作り変えるアルゼンチンの現代美術作家です。プール、階段、エレベーター、家の壁。誰もが知っているものを精密に再現し、そこに一つだけ現実にありえない要素を混ぜます。

経歴

1973年、アルゼンチンのブエノスアイレスに生まれました。父は建築家で、幼い頃から図面や模型が身近にある環境で育っています。建築的な空間感覚と、それを裏切る仕掛けを同時に扱えるのは、この出自と無関係ではありません。

1990年代末にアメリカのヒューストンでの滞在制作をきっかけに国際的に活動を始め、2001年のヴェネチア・ビエンナーレでアルゼンチン代表として発表した作品が大きな話題になりました。そのプールの作品を、開館準備中だった金沢21世紀美術館が恒久展示作品として館内に新たに制作します。

作風と手法

エルリッヒの手法は、鏡・ガラス・水・照明といった、種明かしをすれば単純な道具の組み合わせです。しかし仕掛けを知っていても、目は簡単にだまされます。そして重要なのは、だまされた人同士が笑い合ってしまうことです。

本人は、作品を通じて見知らぬ人が話し始める状況そのものを重視しています。知覚を揺さぶる装置であると同時に、人が集まって共有できる場を作ることが狙いなのです。難解な理論を知らなくても、子どもから高齢者まで同じように驚き、同じように笑える。現代美術が敬遠されがちな日本で、彼の作品がとりわけ広く受け入れられている理由もそこにあります。

代表作

  • スイミング・プール(2004年)ー 金沢21世紀美術館の恒久展示作品。水面の下に人が立っているように見えます。
  • バティモン(建物)(2004年)ー パリのニュイ・ブランシュで発表。地面に寝た建物の壁面と巨大な鏡を組み合わせ、壁をよじ登る人々が現れます。
  • ダルストン・ハウス(2013年)ー ロンドンのバービカン・センターによる屋外プロジェクト。同じ仕掛けをロンドンの街並みで実現しました。
  • (2000年代ー)ー 何枚ものガラス板に印刷を重ね、横から見ると雲の立体が浮かび上がる連作です。

国際的な評価

2001年のヴェネチア・ビエンナーレでアルゼンチン館を代表しました。ロンドンのバービカン・センター、パリ、ブエノスアイレス、上海などで大規模な個展が開かれ、2017年には東京の森美術館で当時の過去最大規模となる個展「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」が開催され、多くの来場者を集めています。

日本で見られる場所

常設で確実に見られるのは金沢21世紀美術館の《スイミング・プール》です。2004年の開館時から恒久展示作品として置かれ、いまや同館の象徴になっています。地上から覗くと水を張ったプールに見え、地下の部屋に入ると、水の下を歩く自分を上から見ている人と目が合います。上から見る側と下から見られる側の両方を体験することが、この作品の完成形です。

金沢21世紀美術館は同じ作家で企画展も繰り返し開いており、日本におけるエルリッヒの拠点のような館になっています。地下部分は有料の展覧会ゾーン、上から覗く部分は無料ゾーンにあたるため、訪問前にチケットの区分を確認しておくと安心です。

見どころ

プールの底で上を見上げてください。水面越しに揺れて見える人影と、こちらを指差して笑う顔。同じ場所を、二つのまったく違う現実として同時に体験できる作品はそう多くありません。仕掛け自体は単純なガラス板と薄い水ですが、その単純さこそがエルリッヒの上手さです。