ニキ・ド・サンファル:撃つことから始めた色彩の彫刻
絵にライフルを撃ち込むところから出発し、極彩色のふくよかな女性像「ナナ」にたどり着いた作家です。箱根の彫刻の森美術館には屋外に《ミス・ブラック・パワー》が立ち、直島の海辺にも彼女の彫刻が置かれています。
ニキ・ド・サンファル(1930-2002)は、鮮烈な色彩の彫刻とアッサンブラージュで知られるフランス出身の作家です。絵の具袋を仕込んだ石膏板をライフルで撃つ「射撃絵画」から出発し、のちに「ナナ」と呼ばれる極彩色の女性像で世界的に知られるようになりました。
経歴
1930年、パリ近郊のヌイイ=シュル=セーヌに生まれました。銀行家の家系で、幼少期をニューヨークで過ごしています。十代でファッション誌のモデルとして活動しましたが、20代前半に深刻な精神的危機に陥り、療養中に絵を描き始めました。美術学校には通わず、独学で制作を続けています。
1960年前後にパリでジャン・ティンゲリーと出会い、生涯の協働者にして伴侶となります。1961年に始めた射撃絵画で注目され、ヌーヴォー・レアリスムの一員となりました。1965年頃から、風船のようにふくらんだ体をもつ女性像「ナナ」の制作を始めます。
作風と手法
射撃絵画は、暴力を絵画の制作手段に転化させた仕掛けでした。撃たれた袋から流れ落ちる絵の具が、そのまま画面をつくります。一方の「ナナ」は正反対に、明るく、大きく、笑っているような彫刻です。小さな頭と巨大な胴体、模様で埋め尽くされた表面。当時の美術が理想としてきた女性像とは似ても似つかない姿を、彼女は祝祭として提示しました。
晩年は建築規模の作品へ向かい、鏡やタイル、色ガラスを貼り込んだ巨大な立体を各地に残しています。
代表作
- 射撃絵画(1961年ー)ー パリで始めたシリーズ。世界各地の美術館が所蔵しています。
- オン(彼女)ー ある大聖堂(1966年)ー ストックホルム近代美術館に設置された、全長20メートル超の横たわる巨大なナナ。内部に入ることができました。
- ストラヴィンスキーの泉(1983年)ー パリのポンピドゥー・センター脇。ティンゲリーとの共作で、いまも稼働しています。
- タロット・ガーデン(1979-1998年)ー イタリア・トスカーナ地方に約20年をかけて作られた彫刻庭園。タロットカードの図像を巨大な建造物にした代表作です。
- クイーン・カリフィアの魔法の円(2003年)ー アメリカ・カリフォルニア州エスコンディードに残された最後の大作。
国際的な評価
ヌーヴォー・レアリスムの中心的な作家の一人として位置づけられ、1960年代からヨーロッパとアメリカの主要美術館で発表を重ねました。パリのポンピドゥー・センターなどで大規模な回顧展が開かれ、女性の身体をめぐる表現を先取りした作家として、後の世代に大きな影響を与えています。2002年、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴで死去しました。
日本で見られる場所
屋外で確実に見られるのは神奈川県箱根町の彫刻の森美術館です。芝生の斜面に《ミス・ブラック・パワー》が立っています。頭と手足が小さく、胴体が大きく張り出したナナの典型で、遠くからでも色で見つけられます。
香川県直島のベネッセアートサイト直島にも、海沿いの屋外に彼女の彫刻が置かれています。瀬戸内海の景色を背にした極彩色の立体は、直島でも人気の撮影地です。
また三重県総合文化センターの広場にもナナの系統の作品があります。かつて栃木県那須には世界で唯一のニキ専門館「ニキ美術館」がありましたが、2011年に閉館しました。国内の常設は多くありませんが、屋外作品なので開館時間さえ合えば気軽に会えます。
見どころ
ナナの表面を近くで見てください。均一に塗られているようで、実際は手描きの線と模様がびっしり重なっています。そして少し離れて、空や緑を背景に見上げてみる。この彫刻は美術館の白い壁のためではなく、屋外の光の下で見られるために作られたのだと分かります。