アルフレッド・シスレー:生涯風景ひとすじ、もっとも純粋な印象派

アルフレッド・シスレー:生涯風景ひとすじ、もっとも純粋な印象派

画家

モネらと並ぶ印象派創設メンバーでありながら、生前ほとんど評価されなかったシスレー。セーヌ河畔の空と水を描き続けたその画業は「もっとも純粋な印象派」と呼ばれます。

はじめに:空の画家

アルフレッド・シスレー(1839-1899)は、イギリス人の両親のもとパリに生まれた印象派の画家です。モネ、ルノワールらと画塾で出会い、印象派展にも参加した創設メンバーの一人。仲間が肖像画や装飾で生計の道を広げる中、シスレーは生涯ほぼ風景だけを、それもセーヌ河畔とロワン河畔の穏やかな景色だけを描き続けました。

生涯:裕福な商家の子から、生涯の困窮へ

シスレーの父はパリで手広く商いを営むイギリス人でした。息子も家業を継ぐことを期待され、18歳でロンドンへ商業修業に送られます。しかしこの滞在でコンスタブルとターナーのイギリス風景画に出会ったことが、生涯を決めました。

パリに戻ったシスレーは1862年、シャルル・グレールの画塾に入り、そこでモネ、ルノワール、バジールと知り合います。この四人の友情が、後の印象派運動の中核となりました。

転機は1870年の普仏戦争です。父の事業が破綻し、実家からの仕送りが完全に途絶えました。以後シスレーは、絵が売れない中で家族を養う困窮の生活に沈みます。1874年の第1回印象派展をはじめ第2回、第3回、第7回に出品しましたが、生前の評価は最後まで低いままでした。

晩年はパリ郊外のモレ=シュル=ロワンに住み、フランス国籍の取得を申請しましたが認められず、イギリス国籍のまま1899年に喉頭癌で没しています。59歳でした。皮肉なことに、その死の直後から作品の評価と価格は急騰します。

画風の特徴:画面の三分の二が空

シスレーは「絵はいつも空から描き始める」と語ったと伝えられます。実際、彼の作品の多くは画面の半分から三分の二が空に充てられています。雲の動き、光の透明度、風の方向。イギリス風景画の伝統をフランスの光で咀嚼した空です。

筆致はモネほど激しくなく、小さめの筆触を穏やかに積み重ねていきます。色彩も派手さを避け、灰色や淡い青、くすんだ緑といった中間色を精妙に組み合わせるのが特徴です。そして何より、劇的に盛り上げないこと。洪水に沈む村さえ、水面の反映と柔らかな空の下で静かな詩情をたたえます。

代表作

  • ポール・マルリーの洪水(1876年/オルセー美術館、パリ):洪水に浸かった村を描いた連作。災害を災害として描かず、水鏡になった街の静けさを描いた点にシスレーの本質があります。
  • ルーヴシエンヌの雪(1870年代/オルセー美術館ほか):雪の白の中に、青や紫やピンクの色調を見出した作品群です。
  • モレ=シュル=ロワンの教会(1893-94年):晩年、同じ教会を時刻と季節を変えて繰り返し描いた連作。モネの連作と同時期の試みです。
  • ルーヴシエンヌの風景(1873年/国立西洋美術館):日本で見られる代表的な一点です。
  • サン=マメス(1885年/ひろしま美術館):ロワン河とセーヌ川の合流点の村。水と空だけで画面を成立させた、後期シスレーの典型です。

同時代の画家との関係

グレール画塾で出会ったモネ、ルノワール、バジールとは終生の友人でした。ルノワールはシスレーの肖像を描いており(《シスレー夫妻》とされる作品)、初期には並んで同じ場所を描くこともあります。ただしモネやルノワールが晩年に栄光を手にしたのに対し、シスレーは死の直前まで貧困と無名に苦しみました。画商デュラン=リュエルの支援を受けながらも、売れ行きは伸びなかったのです。

流行に振れず、印象派の初期の理念——戸外で、目に映る光をそのまま描く——を最後まで手放さなかった点で、シスレーは「もっとも純粋な印象派」と呼ばれます。

日本で見られるか

シスレーは国内でも比較的見やすい画家です。国立西洋美術館(《ルーヴシエンヌの風景》)、ひろしま美術館(《サン=マメス》)、ポーラ美術館(《セーヴルの跨線橋》《サン=マメスのロワン河》ほか複数)が所蔵しており、いずれも常設展示で出会える可能性があります。印象派コレクションを持つ国内の館は多いので、訪問先の所蔵リストを確認してみてください。

見どころ:実物の前で何を見るか

  • 空から見る:まず空を1分間眺めてください。季節と時刻と風まで見えてきたら、画面全体が動き出します。
  • 水面の色:シスレーの水は、空の色をそのまま映しません。わずかにずらしてあります。
  • モネと見分けてみる:シスレーの方が空が広く、筆が穏やかで、色が控えめです。

まとめ

シスレーは、印象派の理想を最後まで手放さなかった画家です。派手さはなくとも、見るほどに滋味が増す風景は、疲れた日にこそ効きます。

代表作ギャラリー

ポール・マルリーの洪水
ポール・マルリーの洪水1876年オルセー美術館
ルーヴシエンヌの雪
ルーヴシエンヌの雪1878年オルセー美術館
モレのポプラ並木
モレのポプラ並木1888年頃
ヴィルヌーヴ・ラ・ガランヌの橋
ヴィルヌーヴ・ラ・ガランヌの橋1872年メトロポリタン美術館
The Seine at Port-Marly, Piles of Sand
The Seine at Port-Marly, Piles of Sand1875年シカゴ美術館
Flooding at Port-Marly
Flooding at Port-Marly1876年オルセー美術館
The Seine at Bougival
The Seine at Bougival1876年メトロポリタン美術館
The Banks of the Oise
The Banks of the Oise1877年ナショナル・ギャラリー・オブ・アート

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)