ギュスターヴ・カイユボット:「パリの通り、雨」を描き、仲間を買い支えた印象派の恩人
雨のパリを歩く人々を大胆な構図で描いた画家にして、モネやルノワールの絵を買い支えた大パトロン。その遺贈コレクションが、印象派を美術館へ導きました。画家と恩人、二つの顔を持つ男です。
はじめに:描いた人であり、支えた人
ギュスターヴ・カイユボット(1848-1894)は、フランスの印象派の画家です。裕福な家に生まれた彼は、まだ絵が売れなかった時代のモネ、ルノワール、ピサロ、ドガらの作品を次々に購入して仲間の生活を支え、印象派展の会場費や運営も引き受けました。そして自身も、近代都市パリを描く画家として第一級の作品を残しています。
生涯:法学士から画家へ、そして45年の生涯
カイユボットは1848年、パリの富裕な事業家の家に生まれました。父は軍用寝具の納入で財を成した人物です。法学の学位を取得し、普仏戦争にも従軍したのち、絵画に本腰を入れます。1873年にエコール・デ・ボザールへ入学しますが長くは在籍せず、レオン・ボナのアトリエで学んだ堅実な素描力が、生涯の土台となりました。
1874年に父を亡くして莫大な遺産を相続すると、彼の立場は一変します。1876年の第2回印象派展に参加して以降、出品者であると同時に、運動の最大の資金的支柱となりました。晩年はパリ郊外のプティ・ジュヌヴィリエに移り、ヨットの設計・製作や園芸に情熱を注ぎます。1894年、45歳で急逝しました。
画風の特徴:写真の時代の「見え方」
カイユボットの画面は、印象派のなかでも際立って構図が大胆です。極端に手前に迫る人物、消失点へ吸い込まれる街路、画面の端で唐突に断ち切られる馬車。これは写真という新しい視覚装置が広まった時代の「見え方」を、意識的に絵画へ持ち込んだ実験でした。筆づかいも、モネのような分割筆触より、輪郭のはっきりした均質な塗りに近く、色数を抑えた灰色がかった画面が多いのが特徴です。俯瞰の視点(バルコニーから見下ろす通り)を好んだことも、彼を他の印象派と分けています。
代表作
- 床削りの人々(1875年、オルセー美術館、パリ):上半身裸で床を削る職人たちを描き、「卑俗」としてサロンに落選した問題作。翌1876年の印象派展に出品されました。逆光に光る背中の描写は圧巻です。
- パリの通り、雨(1877年、シカゴ美術館):石畳に傘の群れが行き交う交差点を、写真のようなフレーミングで捉えた代表作。オスマンの大改造で生まれた「新しいパリ」の、匿名的で醒めた空気が漂います。
- ヨーロッパ橋(1876年、プティ・パレ美術館、ジュネーヴ):鉄橋の巨大な鉄骨と、そこを歩く人々の対比。近代の鉄とガラスを主役にした一枚です。
- 窓辺の男(1875年):室内から街路を見下ろす後ろ姿。「見る人」を描くことで、都市を見るという行為そのものを主題にしています。
- オレンジの木(1878年、ヒューストン美術館):イエールの別荘の庭で読書する弟マルシャルと従妹ゾエ、木陰の光を描いた家庭的な作品です。
- 遺贈が変えた美術史
カイユボットは遺言で、収集した印象派の作品群を国家に遺贈しました。ところが当時のアカデミー側の画家たちからは激しい反発が起こり、交渉の末、国家が受け入れたのは全67点のうち40点前後にとどまります。それでもこの受け入れは決定的でした。受け入れられた作品群は、リュクサンブール美術館を経て、今日のオルセー美術館の印象派コレクションの中核をなしています。ルノワールの《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》も、彼の旧蔵品です。
同時代の画家との関係
最も親しかったのはモネとルノワールで、ルノワールは彼の遺言執行人を務めました。都市生活を主題とし、鋭い構図を好む点ではドガと近く、印象派展の運営方針をめぐってドガと対立することもありました。生前のカイユボットは「金持ちの道楽画家」と見なされて評価が伸びず、画家としての本格的な再評価は20世紀後半以降のことです。
日本で見られるか
カイユボットの主要作は国内の美術館にはほとんどありません。代表作はオルセー美術館とシカゴ美術館に集中しています。ただし2013年にはブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)で日本初のカイユボット展が開かれるなど、まとまって見る機会がまったくないわけではありません。逆に、彼が買い支えたモネやルノワールの同時期の作品なら、国内の各館で数多く見ることができます。
見どころ:実物の前で何を見るか
まず遠近感の「おかしさ」を探してください。カイユボットの街路は、望遠と広角を混ぜたような独特の歪みを持ち、手前の人物が異様に大きく、奥が急速に縮んでいきます。次に、人物同士が目を合わせていないことに注目を。同じ画面にいながら誰も交わらない——これが彼の描いた近代都市の孤独です。そしてオルセーを訪ねる機会があれば、彼が「買った絵」を探してみてください。あの展示室は、彼の目利きの記念館でもあります。
代表作ギャラリー








作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)


