藤島武二:ロマンティックな女性像と、日本近代洋画の黎明を切り拓いたパイオニア

藤島武二:ロマンティックな女性像と、日本近代洋画の黎明を切り拓いたパイオニア

画家

黒田清輝とともに白馬会を支え、フランス留学で得たロマン主義的な色彩感覚を日本の洋画に持ち込んだ藤島武二。神秘的な女性像と、雄大な日の出の風景画で知られる近代洋画の先駆者の生涯。

はじめに:外光派の先の、ロマンと象徴の世界へ

藤島武二(1867-1943)は、明治から昭和にかけて活躍した日本の洋画家です。黒田清輝がもたらした外光派(印象派的な明るい写実表現)を出発点としながら、藤島はそこにとどまらず、ヨーロッパで吸収したロマン主義や象徴主義の要素を融合させ、より詩的で神秘的な女性像や、雄大な自然を描く独自の画風を確立しました。とりわけ、夢見るような表情の女性を描いた一連の作品は、日本の近代洋画に「ロマンティシズム」という新しい情感をもたらしました。

生涯:薩摩の日本画少年から、東京美術学校教授へ

薩摩藩(現在の鹿児島県)の武士の家に生まれました。最初に学んだのは洋画ではなく日本画で、四条派の画法を修めています。この日本画の素養が、後年の装飾的な線と構図感覚の土台となりました。20代前半で洋画に転向し、曾山幸彦、山本芳翠らに学びます。

転機は1896年。黒田清輝に才能を認められて東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科の助教授となり、同年結成された白馬会の中心メンバーとして活躍しました。与謝野晶子の歌集『みだれ髪』の装丁を手がけたのもこの時期で、明治のロマン主義文学と美術をつなぐ役割も果たしています。

1905年から約4年間のフランス・イタリア留学では、パリでフェルナン・コルモンに学び、アカデミックな写実技法に加え、当時のヨーロッパで隆盛していた象徴主義やヴェネツィア派の色彩を吸収しました。帰国後は東京美術学校教授として長く後進の指導にあたります。1934年に帝室技芸員、1937年には第1回文化勲章を受章。晩年は各地の海辺で日の出を写生し、旭日を象徴的なモチーフとして繰り返し描き続けました。

画風の特徴:装飾と情感の均衡

藤島の絵は、洋画でありながら輪郭線が生きています。日本画で培った線描の感覚が残り、人物の横顔や首から肩への稜線が、明確な一本の線として画面を仕切ります。色彩面では、留学以前の外光派的な明るさから、留学後は深い青や金褐色を効かせた重厚な調子へ移りました。また彼は横顔を偏愛し、真横からとらえた女性像を数多く残しました。個人の似姿ではなく理想化された典型を提示するのに適した構図です。晩年の風景画では、水平線と太陽という極度に単純化されたモチーフを、平坦な色面で構成しています。

代表作

  • 「天平の面影」(1902年/重要文化財/アーティゾン美術館、東京)——奈良時代の衣装をまとった女性が箜篌(くご)を抱える姿を、理想化された気品ある横顔で描いた作品。明治ロマン主義絵画の代表作とされ、青木繁ら次世代にも強い影響を与えました。
  • 「蝶」(1904年/個人蔵)——黒い衣の女性の横顔に蝶を配した装飾的な一点。外光派からロマン主義へ踏み出す転換点にあたります。
  • 「黒扇」(1908-09年頃/重要文化財/アーティゾン美術館、東京)——イタリア滞在中に描かれた作品。黒い扇を持つ女性の姿を、ヴェネツィア派を思わせる深い色調でとらえた留学期の到達点です。
  • 「旭日照六合」(1937年/皇居三の丸尚蔵館)——雲海の彼方から昇る壮大な太陽を描いた晩年の作品。日本画のような装飾性と、洋画の色彩感覚が融合した集大成的な風景画です。

同時代の画家との関係

まず黒田清輝との関係が決定的です。黒田の推挙で東京美術学校に迎えられ、白馬会でともに明治洋画の主流を築きました。ただし外光派の明るい写実にとどまった黒田に対し、藤島はロマン主義・象徴主義へ踏み込みました。同世代の岡田三郎助としばしば並び称され、東京美術学校では長く同僚として教育にあたっています。若い世代への影響も大きく、青木繁は「天平の面影」に衝撃を受けたと伝えられます。教え子には岡鹿之助、荻須高徳、佐伯祐三らが並びます。

日本で見られるか

日本の画家ですから、国内で存分に見られます。中心となるのは東京・京橋のアーティゾン美術館(石橋財団)で、「天平の面影」「黒扇」の重要文化財2点をはじめ主要作を所蔵しています。ほかに東京国立近代美術館、郷里の鹿児島市立美術館三重県立美術館などが作品を所蔵し、「旭日照六合」は皇居三の丸尚蔵館にあります。展示替えがあるため、訪問前に各館の情報を確認してください。

見どころ:実物の前で何を見るか

まず横顔の輪郭線を目で追ってください。額から鼻筋、唇、顎へ至る一本の線に、日本画出身者ならではの筆の運びが残っています。次に背景の処理。藤島は背景を平坦な色面にして人物を浮き立たせることが多く、そこに装飾画としての意識が表れます。そして留学前後を見比べること。「天平の面影」の明るく澄んだ色と、「黒扇」の深く沈んだ色を並べると、同じ画家がヨーロッパで何を得たかがはっきりします。

まとめ

藤島武二は、西洋の技法と日本の造形感覚を無理なく同居させた画家です。近代洋画がどうやって「日本のもの」になったかを、一人の画業のなかで見届けられる存在といえます。

代表作ギャラリー

天平の面影
天平の面影1902年アーティゾン美術館
黒扇
黒扇1908年頃アーティゾン美術館
蝶
1904年

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)