『モチーフで読む美術史』:犬は忠誠、鏡は虚栄。絵の中の「持ち物」から名画を解読する
美術史家・宮下規久朗による『モチーフで読む美術史』は、絵画に描かれた犬・鏡・果物などのモチーフが持つ意味を解説する文庫サイズの美術入門。「何が描かれているか」から絵を読む楽しさを教えてくれます。
はじめに:名画は「絵解き」するともっと面白い
『モチーフで読む美術史』(宮下規久朗 著)は、絵の中に描かれた「モノ」を手がかりに名画を読み解く入門書です。構図でも様式でもなく、そこに何が描かれているかから美術史に入る。この切り口が新鮮で、続編や姉妹編が出るほどの人気シリーズになりました。
書誌情報:どんな本か
2013年7月、ちくま文庫から刊行されました。文庫判で272ページ、カラー図版が150点収められています。文庫でこれだけのカラー図版が入っているのは珍しく、価格と内容の釣り合いという点で本書の大きな強みです。同じちくま文庫から続編の『モチーフで読む美術史2』が、また姉妹編として『しぐさで読む美術史』も出ています。本書が気に入ったら、そのまま横に読み進められるシリーズになっています。
著者について
著者の宮下規久朗さんは神戸大学で教える美術史家で、専門はイタリア・バロック美術です。カラヴァッジョ研究の第一人者として知られ、『カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞を受賞しています。学術書と一般書の両方を書き分ける書き手で、本書は明らかに後者、専門知識のない読者に向けて書かれたものです。とはいえ図像学(イコノグラフィー)という美術史の正統な方法を土台にしているため、内容は軽くありません。
内容の骨格:何がどの順で書かれているか
本書はモチーフごとの短い章が積み重なる構成です。犬、猫、豚、猿、鶏、鼠、鳩、兎、羊、ライオンといった動物が数多く取り上げられ、それぞれが絵の中で何を意味してきたのかが、図版と一緒に解説されます。たとえば犬は忠誠の象徴として夫婦の肖像画に描かれてきた、といった約束事です。扱う範囲は西洋絵画にとどまらず、東洋美術や現代美術にも及びます。一つの章が数ページなので、頭から読んでも、目次から気になるモチーフを選んで読んでも構いません。
この本ならではの点
同じモチーフが文化圏によって違う意味を持つ、という比較の視点が本書の面白さです。西洋絵画のなかでの意味と、東洋美術のなかでの扱いを並べて示されると、象徴が絶対的なものではなく、その社会の約束事にすぎないことがよくわかります。名画鑑賞の本というより、絵を通して文化を比べる本と言ったほうが近いかもしれません。
どんな読者に向くか
予備知識は不要です。宗教画や静物画を前にして「きれいだけれど何を意味しているのかわからない」と感じたことがある方に、まっすぐ効きます。通読するより、辞書のように引く使い方に向いた本です。美術館へ行く前に関係しそうな章だけ読む、帰ってから気になったモチーフを調べる、といった使い方ができます。文庫サイズなので鞄に入れて持ち歩けるのも実用的です。逆に、美術史の流れを時代順に押さえたい方には向きません。それは別の本の役目です。
関連して見に行けるもの
本書の読み方を試すなら、西洋絵画の宗教画や静物画がまとまって見られる場所が向いています。国立西洋美術館(東京都台東区)は中世末期からの宗教画を常設展で見られますし、大原美術館(岡山県倉敷市)にも西洋絵画のコレクションがあります。東洋美術との比較を試したい方は、東京国立博物館(東京都台東区)や京都国立博物館(京都市東山区)で、動物が描かれた屏風や絵巻を探してみてください。同じ動物が日本の絵の中では何を担わされているかを見比べると、本書の視点がそのまま使えます。
まとめ
『モチーフで読む美術史』は、名画鑑賞を「眺める」から「読み解く」へ変えてくれる一冊です。文庫サイズなので、美術館へのお供にもぴったりです。
Kindle版:モチーフで読む美術史(ちくま文庫)
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