『手仕事の日本』:民藝運動の父が全国を歩いて記録した、暮らしの道具の美

『手仕事の日本』:民藝運動の父が全国を歩いて記録した、暮らしの道具の美

民藝運動の提唱者・柳宗悦が日本各地を訪ね歩き、無名の職人がつくる焼物や染織、和紙、木工を地方ごとに記録した民藝案内の名著。東京・駒場の日本民藝館の展示や、いまも続く雑誌『民藝』の視点の源流にある「使うことから美を考える」ものの見方を紹介します。

はじめに:無名の職人がつくった日用品にこそ、美しさがある

美術館に飾られる作品ではなく、台所や仕事場で使われてきた器や道具。そこに美を見いだしたのが『手仕事の日本』(柳宗悦 著)です。民藝運動の提唱者である柳が日本各地を訪ね歩き、その土地に残る手仕事を地方ごとに記録していった本で、原本は1948年6月に靖文社から刊行されました。現在は岩波文庫と講談社学術文庫の二種類で読めます。

全国を地方ごとに巡っていく部分が本書の中心で、いわば手仕事版の日本地誌になっています。型絵染の芹沢銈介による小間絵が数多く添えられているのも、この本の魅力です。

著者について

柳宗悦は1889年、東京の生まれです。学習院に学び、在学中に雑誌『白樺』の創刊に加わりました。朝鮮の陶磁器や木喰仏の調査を経て、1920年代に河井寛次郎、濱田庄司らとともに「民藝」という言葉をつくり、無名の職人がつくる日用品の美を掲げる運動を始めます。1936年には東京・駒場に日本民藝館を開き、初代館長を務めました。1961年に亡くなっています。

押さえておきたいのは、本書が運動の理論書ではなく実地調査の報告だということです。柳が自分の足で行き、自分の目で見たものだけが書かれている。そこが本書のいちばんの強みになっています。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1. 地方ごとに読める、日本の手仕事の地図

本書は関東から始まり、東北、中部、北陸、近畿、中国、四国、九州、沖縄と地方ごとに手仕事を紹介していきます。焼物、染織、和紙、漆器、竹細工、木工、鉄器。産地の名前と品物の名前が次々に出てくるので、自分の出身地や旅先の項目から読み始めるのがおすすめです。同時にこれは、失われる直前の手仕事を書き留めた記録でもあります。ここに挙げられた産地のうち、すでに絶えてしまったものが少なくないという事実が、本書に切実な重みを与えています。

2. 「用いる」ことから美を考える、独自のものの見方

柳の主張の核心は、美は鑑賞のためだけにあるのではなく、使われることのなかから生まれるという考えです。作者の署名がなく、値段も安く、大量につくられる。その条件こそが、余計な自己主張を削ぎ落として健康な美しさを生むのだと柳は説きます。当サイトで紹介している日本民藝館の展示や、いまも刊行が続く雑誌『民藝』の視点は、すべてこの考え方から出てきたものです。館の展示を「なぜ茶碗と布と椅子が同じ部屋に並ぶのか」と不思議に思った経験があるなら、本書がその答えになります。

3. 手仕事が消えていく時代への、静かな危機感

柳は機械生産そのものを否定してはいません。ただ、機械が安く速くつくれるからといって手仕事が要らないわけではない、と繰り返します。均質な工業製品ばかりに囲まれた暮らしが人間から何を奪うのか。この問いは、大量生産が始まった時代よりも、むしろ現在のほうが切実に響きます。読み終えると、ものを買うときの基準がひとつ増えているはずです。

どんな読者に向くか

予備知識はいりません。文章は平易で、専門用語もほとんど出てきません。頭から通読しなくてよいのが本書の便利なところで、地方名から引ける事典としても、通読して柳の考え方をたどる本としても機能します。工芸や器に関心を持ち始めた人が最初に読む一冊として、これ以上のものはなかなかありません。

ただし、旧字旧かなを改めた現代表記でも、「品物」「健全」といった柳独特の言い回しには少し古めかしさがあります。また、無名性や無作為を称える論は、今日の目には理想化が強いと感じられるかもしれません。運動の主張として読むか、時代の記録として読むかで、印象がかなり変わる本です。

この本を読んだ後の、おすすめのアクション

東京・駒場の日本民藝館へ、本書を読んでから出かけてください。柳宗悦が自ら設立し、初代館長を務めた館です。建物そのものが柳の考えでできており、大階段や畳の展示室に置かれた品々は、まさに本書に書かれた基準で選ばれたものです。

地方に足を延ばせるなら、大分の小鹿田焼の里、島根の出雲民藝館、長野の松本民芸館、岡山の倉敷民藝館なども本書と地続きの場所です。倉敷なら、河井寛次郎や濱田庄司、バーナード・リーチ、芹沢銈介らの仕事が並ぶ大原美術館の工芸・東洋館とあわせて回れます。旅先で焼物を買うときは、産地の名前と本書の記述を照らし合わせてみてください。

まとめ

身のまわりのものを自分の眼で見て選ぶという姿勢を、これほど具体的に教えてくれる本は稀です。バーナード・リーチや河井寛次郎、濱田庄司といった仲間たちの活動へ興味が広がったら、次の一冊への扉はすぐ隣にあります。

Kindle版:手仕事の日本(岩波文庫)