『現代美術史』:社会とぶつかり続けてきた戦後アートの見取り図

『現代美術史』:社会とぶつかり続けてきた戦後アートの見取り図

戦後から現在までの現代美術を、欧米・日本・国境を越えた動きの三部構成でたどる新書。作品を様式ではなく社会との関わりから読み解き、なぜアーティストが差別や災害を主題にするのかが腑に落ちる一冊です。

現代アートの展示室で戸惑うのは、何が描かれているか分からないからというより、なぜこれを作る必要があったのかが見えないからです。『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(山本浩貴 著)は、その「なぜ」に歴史から答えようとする本です。2019年に中公新書として刊行されました。

著者の山本浩貴さんはロンドン芸術大学で博士号を取得した研究者で、社会と芸術の関係を専門としています。本書の特徴は、美術史を作品様式の変遷としてではなく、アーティストが同時代の現実にどう応答してきたかの記録として組み立てている点にあります。

この本の3つの読みどころ

1. 「欧米・日本・トランスナショナル」という三部構成

本書は前史を置いたうえで、第一部で欧米、第二部で日本、第三部で国境をまたぐ動きを扱います。この構成が効いています。現代美術史はどうしても欧米中心に語られがちですが、日本編を独立させることで、同じ時期に日本の作家たちが何と格闘していたのかが並べて見えるようになります。第三部では戦後イギリスの黒人アートや東アジアの現代美術が扱われ、中心と周縁という図式そのものが問い直されます。

2. 芸術の概念が溶けていく過程を追う

二十世紀以降、芸術は絵画や彫刻という枠から外へ広がりました。行為そのものが作品になり、地域の人々との協働が作品になり、調査や記録が作品になる。本書はその拡張がどのような問題意識から起きたのかを段階的に説明します。何でもありに見える現代アートに、たしかな筋道があると分かるところが読みどころです。

3. 震災や差別といった主題をきちんと扱う

日本編では、震災以後の芸術実践や、地域と関わるアートプロジェクトが具体的に取り上げられます。作品を美しいかどうかで測れない領域について、著者は評価を急がず、何が試みられたのかを丁寧に記述します。現代アートが社会問題を扱うことに違和感がある方にとって、その理由を理解する手がかりになります。

どんな読者に向くか

予備知識はなくても読み通せますが、まったく現代アートに触れたことがない方にはやや作家名が多く感じられるかもしれません。展覧会に何度か足を運んだことがある方、あるいは名前だけは知っている作家が何人かいる方であれば、ちょうどよい難度です。三百ページを超える新書ですので軽くはありませんが、章ごとに独立性があり、興味のある部から読むこともできます。通読すれば、現代美術という語の輪郭がはっきりします。

関連して見に行けるもの

日本の戦後美術をまとめて見るなら、東京国立近代美術館(東京・竹橋)と東京都現代美術館(東京・江東区)が基本です。国立国際美術館(大阪市)も戦後・現代美術のコレクションで知られています。本書が扱う地域参加型のアートプロジェクトについては、新潟県の大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭など、開催年に現地を訪ねるのが最も理解の早い方法です。作品が置かれた土地ごと体験することになるからです。

まとめ

『現代美術史』は、現代アートを好き嫌いで判断する前に、その来歴を知るための地図です。地図を持って展示室に入ると、これまで素通りしていた作品の前で足が止まります。現代アートに苦手意識を持ちながらも興味を捨てきれない方に、まず手に取ってほしい一冊です。

Kindle版:現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル(中公新書)