『風神雷神 Juppiter, Aeolus』:俵屋宗達がもし西洋美術に出会っていたら、という大胆な「if」の物語

『風神雷神 Juppiter, Aeolus』:俵屋宗達がもし西洋美術に出会っていたら、という大胆な「if」の物語

国宝「風神雷神図屏風」の俵屋宗達が、天正遣欧少年使節とともにヨーロッパへ渡っていたら——。史実の隙間に大胆な想像を吹き込み、東西の美術が出会う瞬間を描く長編歴史小説です。

はじめに:国宝の絵師の「空白の前半生」

『風神雷神 Juppiter,Aeolus』(原田マハ 著)は、国宝《風神雷神図屏風》で知られる琳派の祖・俵屋宗達を主人公にした長編歴史小説です。2019年10月にPHP研究所から上下巻で刊行され、2022年にPHP文芸文庫に収められました。副題のユピテルとアイオロスは、ローマ神話の主神と風の神。日本の風神雷神に西洋の神々を重ねるという本作の企みが、すでに書名に表れています。

宗達の前半生については、ほとんど記録が残っていません。本作はその空白に、「もし宗達が天正遣欧少年使節に同行してヨーロッパへ渡り、西洋美術に出会っていたら」という大胆な想像を吹き込みます。

著者について

原田マハさんは1962年、東京都の生まれです。関西学院大学文学部日本文学科と早稲田大学第二文学部美術専修を卒業し、馬里邑美術館、伊藤忠商事、森ビルの森美術館設立準備室を経て、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務しました。2002年にフリーのキュレーターとして独立しています。

2005年に『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞、2012年に『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞、2017年に『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。ほかに『暗幕のゲルニカ』『たゆたえども沈まず』『リボルバー』など、実在の画家や作品を軸にした小説を数多く書いてきました。美術館の内側を知る人が、資料の手触りを保ったまま虚構を組み立てる——本作の説得力は、この経歴に支えられています。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1. 現代から過去へ、二重構造の語り

物語は現代のマカオから始まります。京都国立博物館の研究員・望月彩が、マカオ博物館の学芸員レイモンド・ウォンに導かれて目にしたのは、風神雷神が描かれた西洋絵画と、天正遣欧少年使節の一員・原マルティノの署名が残る古文書。そこに「俵屋宗達」の四文字が記されていた——。この発端から、物語は一気に安土桃山の日本へと遡ります。資料と現場の手触りのある導入です。

2. 安土桃山の日本と、ルネサンス末期のヨーロッパ

織田信長の安土城から、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマへ。東西の文化が最初に本格的に交差した時代のきらめきが、少年・宗達の目を通して鮮やかに描かれます。旅の先で宗達が出会うのは、やがて西洋絵画を一変させることになるカラヴァッジョ。日本の「たらしこみ」と西洋の「光と闇」、二人の邂逅が本作最大の見せ場です。

3. 《風神雷神図屏風》誕生への伏線

旅で得たすべてが、やがてあの金地の二曲一双に結実していく——。読み終えてから風神雷神図を見ると、雲を蹴る二神が西洋の神々とも重なって見えてきます。史実と虚構の境目をどこに引くかは読者次第ですが、「宗達はなぜあれほど自由な絵を描けたのか」という問いに、ひとつの魅力的な答えを差し出してくれる小説です。

どんな読者に向くか

美術史の予備知識はいりません。琳派を知らなくても、大航海時代の冒険譚として読み進められます。上下巻とボリュームはありますが、場面が次々に切り替わっていくので通読向きです。辞書のように必要な項目を引く種類の本ではありません。

ひとつ断っておきたいのは、本作が明示的な「if」の上に立っていることです。天正遣欧少年使節の伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティノは実在の人物ですが、宗達が使節に同行した記録はありません。現代パートの望月彩やレイモンド・ウォンも架空の人物です。史実の考証として読むのではなく、記録の空白に何を置けるかという想像力のほうを楽しむ本だと考えてください。

この本を読んだ後の、おすすめのアクション

建仁寺で風神雷神と向き合う:《風神雷神図屏風》は京都・建仁寺の所蔵ですが、保存のため京都国立博物館に寄託されており、本物が公開される機会は限られます。ただし建仁寺には高精細の複製品が展示されており、拝観すれば通年いつでも鑑賞できます。かつて屏風が置かれていた寺の空間のなかで見られるのが、何よりの魅力です。

琳派の系譜を辿る:宗達の風神雷神を尾形光琳が模し、さらに酒井抱一が写したことはよく知られています。光琳筆の《風神雷神図屏風》は東京国立博物館の所蔵で、重要文化財に指定されています。常設展示ではないので、展示情報を確かめてから出かけてください。

まとめ

『風神雷神』は、歴史のifを楽しみながら日本美術と西洋美術の関係を考えさせてくれる歴史小説です。琳派入門としても、大航海時代の冒険物語としても楽しめます。

Kindle版:風神雷神 Juppiter,Aeolus(上)(PHP文芸文庫)