『モネのあしあと』:「印象派」誕生の物語を、原田マハがやさしく案内する

『モネのあしあと』:「印象派」誕生の物語を、原田マハがやさしく案内する

「積みわら」も「睡蓮」も、最初は嘲笑された——。アート小説の名手・原田マハが、語り部としてモネの生涯と印象派の誕生をやさしく語る美術案内です。

はじめに:小説家がガイドする「モネ入り口」

『モネのあしあと 私の印象派鑑賞術』(原田マハ 著)は、『楽園のカンヴァス』などのアート小説で知られる著者が、クロード・モネの生涯と印象派の歴史を語り下ろした美術案内です。「睡蓮の人」としか知らなかったモネの実像が、生き生きと立ち上がってきます。

書誌

2016年に幻冬舎新書の一冊として刊行され、2021年に幻冬舎文庫へ収められました。講演をもとにした語り口調で書かれているため、美術の予備知識がなくても最後まで一息に走り抜けられます。新書・文庫とも持ち歩ける薄さで、展覧会へ向かう電車のなかで読み切れる分量です。

著者について

原田マハは1962年東京生まれ。大学で美術史を学び、美術館勤務やキュレーターとしての実務を経てから小説家になった、日本では珍しい経歴の書き手です。アンリ・ルソーの一枚をめぐる『楽園のカンヴァス』で2012年の山本周五郎賞を受賞し、以後『ジヴェルニーの食卓』『暗幕のゲルニカ』など、実在の画家と作品を題材にした小説を書き続けています。作品を実際に扱ってきた人の知識と、物語る力。その両方が同じ人のなかにあるからこそ、本書は事実の羅列にも思いつきにもなりません。

内容の骨格

巻頭にモネゆかりの地の地図が置かれ、プロローグ「私とモネとの出会い」から始まります。第1章でモネが生きた時代を、第2章で印象派絵画の新しさを押さえ、第3章で「モネのあしあと」を追う。第4章はまるごと自作『ジヴェルニーの食卓』の解説にあてられ、第5章が著者自身によるモネ鑑賞案内という構成です。前半で歴史、後半で鑑賞と自作解説、という流れがはっきりしているので、どこまで読んだかを見失いません。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1.「印象派」は悪口だった

1874年の第1回展に出品された「印象、日の出」は、批評家から嘲笑を浴びました。そこから「印象派」という呼び名が生まれてしまった顛末が語られます。風景の一部を切り取る構図、筆跡をあえて残す絵の具の置き方。当時の常識をどう踏み外していたのかがわかると、なぜあれほど叩かれたのかが腑に落ちます。美術史の転換点が、講談のような語り口でするすると頭に入ります。

2.モネの人生の光と影

極貧の若手時代、最愛の妻カミーユの死、そしてジヴェルニーの庭と白内障との闘い。八十六年の生涯の終盤、視力を失いかけながら巨大な「睡蓮」の連作に挑み続けた執念まで含めて、「光の画家」の人生そのものがドラマであることがわかります。

3.日本人はなぜモネが好きなのか

浮世絵の熱心な収集家だったモネと日本の深い縁、太鼓橋のある日本風の庭。ジヴェルニーの家の壁を埋め尽くした浮世絵の話など、ジャポニスムの視点から、日本人とモネの相思相愛の関係が解き明かされます。

どんな読者に向くか

予備知識はいっさい要りません。年号や流派名を覚えている必要もなく、話し言葉に近い文体で進むので、美術の本を最後まで読み切れたことがないという人にこそ向きます。逆に、印象派の通史をきちんと学び直したい人や、モネの全作品を体系的に押さえたい人には物足りないでしょう。辞書のように引く本ではなく、頭から読み通す本です。モネ展や印象派展のチケットを取ったあと、行く前の一冊としてこれ以上ないタイミングで効きます。

類書との違い

印象派の入門書は数多くありますが、多くは美術史家が書いた解説書です。本書の違いは、書き手が同じ画家を小説にもしている点にあります。第4章で自作の舞台裏を明かす構成は、他の入門書にはまねができません。史実と創作の境目がどこにあるのかを、著者自身が読者に見せてくれるからです。

この本を読んだ後の、おすすめのアクション

「睡蓮」のハシゴを:日本は世界有数のモネ大国です。松方コレクションを核とする国立西洋美術館(東京・上野)、国内屈指のモネ作品を持つポーラ美術館(箱根)、日本最初の私立西洋美術館である大原美術館(倉敷)、自然光の下で「睡蓮」を見せる地中美術館(直島)など、各地の一枚を見比べる旅は最高の週末になります。

小説でモネに会う:『ジヴェルニーの食卓』(集英社)には、晩年のモネを身近な人物の視点から描いた表題作が収められています。本書で史実を押さえてから小説を読むと、行間の意味が変わります。

まとめ

『モネのあしあと』は、短時間で読めて一生モネが好きになる案内書です。『ジヴェルニーの食卓』とあわせれば、モネ理解は盤石です。

Kindle版:モネのあしあと(幻冬舎文庫)