『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』:「正解」が値崩れした世界で、経営に美意識が要る理由

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』:「正解」が値崩れした世界で、経営に美意識が要る理由

グローバル企業が幹部候補を美術学校に送り込む理由は、教養の飾りではなく実利にあります。全員が同じ分析手法を使えば正解はコモディティ化する。論理と分析だけでは差がつかない時代に、経営にアートが必要となった理由を説き、アートを学ぶ動機をくれるベストセラーです。

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(山口周 著)は、「経営における『アート』と『サイエンス』」という副題を掲げたビジネス書です。グローバル企業が幹部候補を美術学校に送り込み、ニューヨークやロンドンのビジネスパーソンが早朝のギャラリートークに通う。それは教養の飾りではなく、きわめて実利的な投資である、という指摘から本書は始まります。アートを解説する本ではなく、アートが必要になった理由を説く本です。

書誌

2017年7月に光文社新書の一冊として刊行されました。新書ながら大きな話題を呼び、翌2018年のHRアワードでは書籍部門の最優秀賞を受けています。全七章構成で、論理的・理性的な情報処理スキルの限界に始まり、自己実現欲求の市場、変化が速すぎるシステム、脳科学と美意識、受験エリートと美意識、美のものさし、そして美意識の鍛え方へと進みます。

著者について

山口周氏は1970年東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科を卒業し、同大学院文学研究科で美学美術史を専攻して修士課程を修了しています。その後は電通、ボストン コンサルティング グループ、A.T.カーニーを経て、組織開発・人材育成のヘイグループ(現コーンフェリー)に移りました。美学美術史の学歴と経営コンサルティングの実務という二本の足が、そのまま本書の議論の土台になっています。美術史家がビジネスに寄せた本ではなく、経営の現場の人が自分の学問的出自を武器として持ち出した本、という位置づけです。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1. 論理と分析だけでは差がつかない

第一章の主張は明快です。全員が同じ分析手法を使えば導かれる答えも似通い、正解はコモディティ化する。加えて現代は変化が速く前提が定まらないため、データを積み上げても決めきれない局面が増えています。だからサイエンスを捨てるのではなく、アートとクラフト(実行力)と組み合わせよ、という処方が示されます。

2. 法律より速く動く世界の「羅針盤」

印象的なのは、システムの変化が早すぎて法整備が追いつかない、という論点です。「違法ではないが、なんとなくおかしい」領域が広がったとき、外部のルールは判断を助けてくれません。頼れるのは内部にある美意識だけだ、と著者は言います。試験に強いエリートが規範を持たないまま暴走した事例にも踏み込み、議論は倫理の問題へと接続していきます。

3. 「自己実現の市場」と、鍛え方の具体策

機能や品質で差がつきにくくなった市場では、消費は自己実現に近づき、ブランドの世界観そのものが商品になる。この見立ては現在のビジネスにもよく当てはまります。終章では美意識の鍛え方として、絵画を見て言葉にする訓練、哲学や文学、詩に触れることなどが挙げられます。読者が明日から動ける形で終わるのが親切な本です。

どんな読者に向くか

美術の知識はゼロで問題ありません。新書一冊分ですから通読向きで、二、三時間あれば読み切れます。ただし絵の見方そのものを教える本ではない点には注意してください。作品解説を期待して読むと肩透かしに遭います。向いているのは、仕事の意思決定に行き詰まっている人、部下や組織の育て方に悩んでいる人、そして「なぜ自分はアートを学ぶのか」という動機がほしい人です。逆に、すでに美術館に通っている人には既知の話も多いでしょう。

関連して見に行けるもの

同僚や友人を誘って、一枚の絵の前で「見えたこと」だけを言い合ってみてください。解釈や評価は後回しでよく、本書が薦める訓練そのものになります。場所としては、国立新美術館(東京・六本木)やアーティゾン美術館(東京・京橋)のように近代と現代の作品が混在する館が向いています。関西なら国立国際美術館(大阪・中之島)もおすすめです。

まとめ

ベストセラーになった理由がわかる、切れ味のよいビジネス書です。アートを学ぶ動機がほしい人にとって、最初の一冊として最適です。

Kindle版:世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?(光文社新書)