『怖い絵』:一見美しい名画の裏に隠された、身の毛もよだつ本当の歴史
一見美しい絵の裏には、とんでもない残酷な歴史が隠されている。大ブームを巻き起こし、展覧会まで開催された名著の魅力を徹底解説。
はじめに:絵画は「美しさ」だけで楽しむものではない
美術館で美しいドレスを着た王女の絵を見たとき、私たちは「綺麗だな」と思って通り過ぎます。しかしその王女が数日後に断頭台へ送られる運命だったとしたら、絵の意味はまるで変わります。『怖い絵』(中野京子 著)は、名画の背後に潜む歴史の闇や人間の欲望を読み解き、「美術鑑賞とは美しいものを見ること」という常識を覆した一冊です。
書誌とシリーズの広がり
本書は2007年に朝日出版社から刊行された248ページの単行本です。2013年には角川文庫に収められ、手に取りやすくなりました。反響を受けて『怖い絵2』『怖い絵3』が続き、その後もKADOKAWAから『新 怖い絵』(2016年)、『展覧会の「怖い絵」』(2022年)、『怖い絵の中のモノ語り』(2024年)と派生作が刊行されています。関連して『「怖い絵」で人間を読む』(日本放送出版協会、2010年)もあります。まず読むなら、シリーズの原点である本書から入るのが順当です。
2017年には、著者が監修した「怖い絵展」が兵庫県立美術館と上野の森美術館で開催され、大きな話題を呼びました。一冊の本が展覧会を生んだ例として記憶されています。
著者について
中野京子は北海道出身のドイツ文学者・作家です。早稲田大学大学院で学び、同大学で講師も務めました。美術史の専門家ではなく、ドイツ文学と西洋史の側から絵に近づくのがこの人の立ち位置で、そこが本書の語り口を決めています。ほかに『中野京子と読み解く 名画の謎』シリーズ(文藝春秋)や、ハプスブルク家など王家の歴史を絵画から読む著作を数多く手がけています。
内容の骨格
1. サスペンス小説のような読みやすさ
1話につき1点の絵を取り上げ、その絵が描かれた時代の事件や人間関係を語り、最後に絵の見え方を反転させる。この構成が全編を通して繰り返されるため、短い時間でも区切りよく読めます。
2. 人間の「業」の深さを知る
ここでの「怖さ」はお化けや幽霊ではありません。権力を守るための非情、嫉妬、魔女狩りに熱狂する民衆といった、人間が引き起こした現実の恐怖です。歴史の生々しさが一枚の絵に凝縮されていることに戦慄します。
3. 有名な絵のイメージが反転する
たとえばドガの「エトワール(舞台の踊り子)」。スポットライトを浴びるバレリーナの絵ですが、背後の暗がりに立つ黒服の男の存在に目を向けると、当時のパリの少女たちが置かれた現実が浮かび上がり、二度と同じようには見えなくなります。
どんな読者に向くか
予備知識はまったく不要です。1話が独立した読み切りなので、通読しても、目次から気になる絵だけ拾ってもよい本です。西洋史の年号を覚えている必要もありません。一方で、絵の技法や様式の変遷を学びたい人には向きません。本書が扱うのは絵の「中身」であって「作り」ではないからです。技法や美術史の流れを知りたい場合は、高階秀爾『名画を見る眼』などを併読すると補い合います。
関連して見に行けるもの
本書に登場する作品の多くは欧米の美術館の所蔵ですが、同時代の西洋絵画は国内でも見られます。東京・上野の国立西洋美術館は、中世末期から20世紀までの西洋絵画・彫刻を常設展示しており、本書が語る時代の空気を実物で確かめられます。徳島県鳴門市の大塚国際美術館では、西洋名画1000点余りが陶板の原寸大複製で年代順に並び、本書で読んだ絵の細部を実寸で確認できます。「背景の隅を見る」という本書の読み方を試すには格好の場所です。
まとめ
『怖い絵』シリーズは、「知ることで見え方が変わる」という体験を届けてくれます。アートの新しい楽しみ方を切りひらいた一冊です。
Kindle版:怖い絵(角川文庫)
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