カミーユ・コロー:銀灰色の朝もやに詩を宿した、風景画の静かな巨匠
バルビゾン派の長老格として自然を見つめ、印象派の若者たちを優しく導いたコロー。朝もやに包まれたような銀灰色の風景画は「風景画のモーツァルト」と称えられ、日本でも長く愛されてきました。
ジャン=バティスト=カミーユ・コロー(1796-1875)は、19世紀フランスの風景画家です。実景の丹念な観察と詩的な情感を溶け合わせ、朝もやを透かしたような銀灰色の風景画を完成させました。バルビゾン派の画家たちと深く交わり、印象派の世代からは敬愛を込めて「コロー爺さん」と慕われた、風景画の静かな巨匠です。
生涯:遅い出発と、三度のイタリア
1796年、パリの裕福な商家に生まれました。父は服地商、母は流行のモード店を営んでおり、コローは20代半ばまで商店で働いています。画家になりたいという願いを父が認めたのは26歳のとき。以後は父からの年金があったため、売れる絵を描く必要がなく、自分の関心のままに制作できました。
アシル=エトナ・ミシャロン、次いでジャン=ヴィクトル・ベルタンに古典的な風景画法を学び、1825年から3年間イタリアに滞在します。ローマの遺跡やナルニの橋を、強い光と単純な面で捉えたこの時期の油彩習作は、いま見ても驚くほど新鮮です。イタリアにはその後1834年、1843年にも渡りました。
帰国後はフォンテーヌブローの森やノルマンディー、スイスなどを写生して回り、1850年代以降、記憶をもとに情景を再構成する「スーヴニール(思い出)」の様式へ進みます。晩年は画壇の長老として尊敬を集め、困窮した画家や遺族を援助したことでも知られました。1875年、78歳でパリに没しています。
画風の特徴
コローを他の風景画家と分けるのは、色ではなく「膜」を描くことです。木々の葉は一枚ずつ描かれず、ふわりとした灰緑の塊として置かれ、その隙間から明るい空が透けます。全体を覆う銀灰色の調子は、光そのものというより、光を含んだ大気の厚みです。手前の細部を意図的にぼかし、遠景に小さな人影を置いて奥行きを測らせる構成も一貫しています。イタリア時代の習作に見られる、硬く明快な形の把握とは対照的で、この二つの顔を持つことがコローの面白さです。
代表作
- ナルニの橋(1826年、カナダ国立美術館/習作はルーヴル美術館):イタリア時代の代表作。強い陽光の下、崩れた古代の橋を単純な面で捉えています。
- シャルトル大聖堂(1830年、ルーヴル美術館):大聖堂を正面からではなく、手前の土手ごしに眺めた構図が近代的です。
- モルトフォンテーヌの思い出(1864年、ルーヴル美術館):銀灰色の様式を代表する一枚。実景ではなく、記憶の中で再構成された風景です。
- 真珠の女(1868-70年頃、ルーヴル美術館):生前ほとんど発表されなかった人物画の傑作。静かな量感が印象的です。
- ナポリの浜の思い出(1870-72年、国立西洋美術館):175×84センチの縦長大作。両脇に樹木を高く配し、遠くに明るい浜を望ませます。
同時代の画家との関係
バルビゾンに集まったテオドール・ルソー、ジャン=フランソワ・ミレー、シャルル=フランソワ・ドービニーらと親しく交わり、写生を重んじる姿勢を共有しました。一方で、彼らのような自然への激しい没入ではなく、詩的な再構成を選んだ点が独自です。若い世代への影響も大きく、カミーユ・ピサロやベルト・モリゾは直接その教えを受けています。困窮していたオノレ・ドーミエを助けたことも記録に残っています。
日本で見られるか
コローは日本の西洋美術コレクションの定番です。東京・上野の国立西洋美術館は晩年の大作《ナポリの浜の思い出》を所蔵し、常設展示に登場します。ほかにバルビゾン派の作品を集めた山梨県立美術館、ひろしま美術館、倉敷の大原美術館など、各地の館にも収められており、日本にいながら本物に出会える確率が非常に高い画家といえます。
見どころ
コローの前では、木や湖といった「もの」ではなく、その間に漂う大気を見るのが醍醐味です。少し離れて立ち、画面全体にかかる光の膜を味わってください。次に、木の葉の部分に近づいてみます。一枚も葉が描かれていないのに葉に見えることに気づくはずです。そして遠景に置かれた小さな人物を探してください。その一点があるだけで、目の前の風景が急に広く、深くなります。
代表作ギャラリー







作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)