ジョルジョーネ:謎めいた「テンペスタ」を残し、32歳で消えたヴェネツィア派の伝説

ジョルジョーネ:謎めいた「テンペスタ」を残し、32歳で消えたヴェネツィア派の伝説

画家

現存確実な作品はわずか数点。それでも「眠れるヴィーナス」と「テンペスタ」だけで、絵画に「詩」と「雰囲気」を持ち込んだ革新者として不動の地位を占める、謎多き早世の天才です。

はじめに:作品は少なく、影響は巨大

ジョルジョーネ(1477頃-1510)は、イタリア・ヴェネツィアの画家です。ペストにより32歳前後で急逝し、確実な真筆は10点に満たないとされます。しかし「何が描いてあるか」より「どんな気分が漂うか」を大切にするその絵は、絵画に音楽のような抒情を持ち込み、ティツィアーノを通じてヴェネツィア絵画の方向を決定づけました。

生涯:記録の少ない32年

本名はジョルジョ。ヴェネツィア本土のカステルフランコ・ヴェネトに生まれ、通称の「ジョルジョーネ」は「大きなジョルジョ」を意味すると伝えられます。ヴァザーリによれば、ヴェネツィア絵画の長老ジョヴァンニ・ベッリーニの工房で学びました。1508年にはヴェネツィアの目抜き通りに面したドイツ商館(フォンダコ・デイ・テデスキ)の外壁フレスコを手がけ、この大仕事に若きティツィアーノも参加しています。同じ工房から出た二人の関係は、師弟とも同僚とも言われ、はっきりしません。

1510年秋、ヴェネツィアを襲ったペストで急逝。マントヴァのイザベラ・デステが彼の「夜景」の絵を手に入れようと問い合わせ、すでに死去して作品も入手困難だと返答された手紙が残っており、当時すでに引く手あまたの画家だったことがわかります。

画風の特徴:輪郭線を捨て、色調で形をつくる

ジョルジョーネの革新はトナリズモ(色調主義)と呼ばれます。フィレンツェ絵画が素描の輪郭線で形を規定したのに対し、彼は明暗と色の階調そのもので形を立ち上げました。輪郭がやわらかく大気に溶け、人物と風景が同じ空気を吸っているように見えるのはそのためです。もうひとつの特徴は主題の曖昧さで、聖書や神話の物語をはっきり示さない、詩のように読み解きの開かれた画面を好みました。当時の教養ある愛好家が個人の部屋で味わうための、新しいタイプの絵画です。

代表作

  • 「テンペスタ(嵐)」(1505-08年頃/ヴェネツィア・アカデミア美術館)——稲妻の走る空の下、兵士と授乳する女が黙って佇む一枚。何を意味するのか500年経った今も定説がなく、雷雨の前の緊張した大気そのものが主役になっています。
  • 「眠れるヴィーナス」(1510年頃/ドレスデン国立絵画館アルテ・マイスター)——野外で安らかに眠る女神。ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」からマネの「オランピア」まで続く「横たわる裸婦」の原型で、未完のまま遺され、風景をティツィアーノが仕上げたと伝わります。
  • 「三人の哲学者」(1508-09年頃/ウィーン美術史美術館)——年齢の異なる三人の男が岩窟のそばに立つ、これも解釈の定まらない作品です。
  • 「カステルフランコの祭壇画」(カステルフランコ・ヴェネト大聖堂)——故郷に残る唯一の祭壇画。高い台座に聖母を座らせた異例の構図で、静けさが張りつめています。
  • 「老婆(ラ・ヴェッキア)」(ヴェネツィア・アカデミア美術館)——老いた女が「コル・テンポ(時とともに)」と書かれた紙を差し出す、痛切な一枚です。

同時代の画家との関係

ジョヴァンニ・ベッリーニを師とし、ティツィアーノとセバスティアーノ・デル・ピオンボが同じ流れから出ました。静かで内省的なジョルジョーネに対し、ティツィアーノは豊麗で外向的。この対比がヴェネツィア派の幅をつくります。なお記録が乏しいため、どれが本人の筆でどれが弟子や追随者のものかという「ジョルジョーネ問題」は美術史の有名な難問で、ルーヴルの「田園の合奏」も現在はティツィアーノ作とする説が有力です。

日本で見られるか

ジョルジョーネの真筆とされる作品は、日本の美術館には所蔵されていません。ヴェネツィアとドレスデン、ウィーンに集中しているため、実物に会うには渡欧が必要です。ただし国立西洋美術館などでヴェネツィア派の作品を見ておくと、彼が何を始めたのかは実感しやすくなります。海外の美術館からの出品による企画展を待つ、というのが現実的な選択肢です。

見どころ:実物の前で何を見るか

まず輪郭を探してみてください。人物の縁がどこで終わり、どこから背景が始まるのか判然としないはずです。それがトナリズモの効果です。次に空の色。ジョルジョーネの空はいつも一色ではなく、天候と時間が微妙に含まれています。そして意味を考えすぎないこと。テンペスタの前では、解釈より雷雨の湿度を感じるほうが、この画家の意図に近い見方です。

まとめ

ジョルジョーネは、絵画を「読むもの」から「感じるもの」へ変えた画家です。数少ない真筆の前に立てたら、それは幸運な出会いです。

代表作ギャラリー

テンペスタ(嵐)
テンペスタ(嵐)1508年頃アカデミア美術館(ヴェネツィア)
眠れるヴィーナス
眠れるヴィーナス1510年頃アルテ・マイスター絵画館
三人の哲学者
三人の哲学者1509年頃ウィーン美術史美術館
テンペスタ
テンペスタ1506年Hall VIII
ユディト
ユディト1504年エルミタージュ美術館
カステルフランコ祭壇画
カステルフランコ祭壇画1503年カステルフランコ・ヴェネト大聖堂
ラウラ
ラウラ1506年美術史美術館
羊飼いの礼拝
羊飼いの礼拝1507年ナショナル・ギャラリー・オブ・アート

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)