エリザベート・ヴィジェ・ルブラン:マリー・アントワネットを描いた女性画家、革命を生き延びた肖像画の名手

エリザベート・ヴィジェ・ルブラン:マリー・アントワネットを描いた女性画家、革命を生き延びた肖像画の名手

画家

王妃マリー・アントワネットの信頼を一身に受け、30点以上の肖像を描いた女性画家。革命の夜にパリを脱出し、ヨーロッパ中の宮廷を渡り歩いた波乱の生涯は、一級の歴史ドラマです。

はじめに:18世紀でもっとも成功した女性画家

エリザベート・ヴィジェ・ルブラン(1755-1842)は、フランスの肖像画家です。パリに生まれ、10代で肖像画家として自立。1778年から王妃マリー・アントワネットの肖像を手がけ、女性にほぼ門戸を閉ざしていた王立絵画彫刻アカデミーにも迎えられました。フランス革命の勃発とともにパリを脱出し、イタリア、ウィーン、ロシアの宮廷で描き続けた国際的キャリアの持ち主です。

生涯:パリの少女から、ヨーロッパを渡り歩く画家へ

父ルイ・ヴィジェはパステル画を得意とする画家で、娘の才能を早くから認めていました。しかし父は彼女が12歳の頃に世を去り、少女は絵を売って一家を支えることになります。ほぼ独学に近い形で腕を磨き、10代半ばにはすでに注文が絶えない肖像画家になっていました。1776年、画商のジャン=バティスト=ピエール・ルブランと結婚。夫の画廊に集まる名画を模写できたことが、彼女の技術をさらに押し上げます。

1783年、アカデミー入会。しかし6年後の1789年、革命の混乱のなかで娘ジュリーを連れてパリを脱出します。以後12年間、ローマ、ナポリ、フィレンツェ、ウィーン、サンクトペテルブルク、ベルリンと各地の宮廷を渡り歩き、行く先々で貴族たちの肖像を描き続けました。亡命者リストから名を削られて帰国できたのは1802年のこと。その後ロンドンやスイスにも滞在し、86歳でパリに没するまで筆を執り続けます。生涯に残した肖像画は600点以上と伝えられます。

画風の特徴:柔らかさで人を魅了する

ヴィジェ・ルブランの筆は、モスリンの襟巻き、緩やかに巻いた髪、絹のつやといった「柔らかいもの」の質感を描くことにかけて群を抜いています。ルーベンスに学んだ透明感のある肌の色、そして人物をくつろいだ姿勢と自然な表情でとらえる感覚は、堅苦しい宮廷肖像画の慣習を明るく更新しました。かつらと厚化粧を避け、簡素な白いドレスと結い上げない髪で描く手法は、当時としては大胆な流行の提案でもありました。

代表作

  • 「薔薇を持つマリー・アントワネット」(1783年/ヴェルサイユ宮殿)——シュミーズドレス姿の王妃像が下着同然と非難されたため、正装に描き直された経緯を持つ一枚。王妃のイメージ戦略そのものが絵に刻まれています。
  • 「麦わら帽子の自画像」(1782年頃/ロンドン・ナショナル・ギャラリー)——ルーベンスの「麦わら帽子」に触発された作品。屋外の光の中に自分を置いた、明るく自信に満ちた自画像です。
  • 「娘ジュリーとの自画像」(1789年/ルーヴル美術館)——娘を抱きしめて微笑む姿。「画家である私」と「母である私」を同時に肯定した画期的な自己表現で、歯を見せた微笑が礼を失すると批判された逸話も残ります。
  • 「マリー・アントワネットと子供たち」(1787年/ヴェルサイユ宮殿)——浪費家という批判に対抗し、良き母としての王妃像を打ち出した大作です。

同時代の画家との関係

ヴィジェ・ルブランがアカデミーに迎えられた1783年、同じ日に入会したのがライバルと目された女性画家アデライード・ラビーユ=ギアールでした。定員の壁があったため、二人の同時入会は例外的な出来事です。また、新古典主義の旗手ダヴィッドが革命側で権勢を振るったのに対し、彼女は旧体制側の画家として国を追われました。同じ時代を、まったく逆の立場から生きた二人です。

日本で見られるか

八王子の東京富士美術館が、《ルイ16世の妹 エリザベート王女》(1782年)と《ユスーポフ公爵夫人》(1797年)を所蔵しています。花を飾った大きな麦わら帽子をかぶった王女の姿で、彼女の作風がよくわかる一点です。国内で見られるヴィジェ・ルブランの油彩は多くはないため、常設展示の機会があればぜひ足を運びたい作品です。

見どころ:実物の前で何を見るか

まずは布と髪を見てください。白いモスリンの半透明な重なり、ほつれた後れ毛のふわりとした描写は、印刷では消えてしまう部分です。次に。薄い絵具を何層も重ねて内側から光っているように見せる技法が使われています。そして口元。当時の肖像画の常識だった引き結んだ唇ではなく、わずかにほころんだ表情を選んだ画家の意志が、そこに表れています。

まとめ

ヴィジェ・ルブランは、才能と機転で18世紀の男性社会を渡り切った画家です。晩年に著した回想録は、革命前夜の宮廷と亡命先の各国宮廷を活写した第一級の史料でもあります。その肖像画は、モデルと画家、二人の物語として見ると一層深く味わえます。

代表作ギャラリー

薔薇を持つマリー・アントワネット
薔薇を持つマリー・アントワネット1783年ヴェルサイユ宮殿
娘ジュリーとの自画像
娘ジュリーとの自画像1786年ルーヴル美術館
麦わら帽子の自画像
麦わら帽子の自画像1782年ロンドン・ナショナル・ギャラリー

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)