『西洋美術史入門』:美術史という「学問」の面白さを教えてくれる最初の一冊

『西洋美術史入門』:美術史という「学問」の面白さを教えてくれる最初の一冊

絵画は「読む」ものだった——。図像学から様式論まで、美術史学の考え方を高校生にもわかる言葉で解説する入門書。知識の暗記ではない、本物の美術史の面白さに出会えます。

『西洋美術史入門』(池上英洋 著)は、若い読者に向けて書かれた美術史学の入門書です。2012年にちくまプリマー新書の一冊として刊行されました。画家名と作品名を年代順に覚えるのが美術史だと思っていませんか。本書が教えてくれるのは、一枚の絵を証拠として歴史を推理する「学問としての美術史」の方法論です。中高生にも届く言葉で書かれていながら、大人が読んでも目からウロコの連続。新書一冊分の分量で、鑑賞の姿勢そのものが更新されます。

著者について

著者の池上英洋氏は東京造形大学教授で、イタリアを中心とする西洋美術史・文化史を専門とする研究者です。レオナルド・ダ・ヴィンチ研究で知られ、一般読者向けの著作も数多く手がけてきました。研究者が、研究の作法そのものを若い読者に開示するという本書の性格は、この経歴から素直に出てきたものです。だから本書には、鑑賞のコツを教える本にありがちな「こう感じましょう」という誘導がほとんどありません。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1. 絵は「読める」という体験

ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻の肖像》に描かれた小犬は夫婦の忠誠を、脱ぎ捨てられた履物はそこが神聖な場であることを示す。受胎告知の場面に必ず置かれる白百合は聖母の純潔の象徴。図像学(イコノグラフィー)の初歩を、クイズを解くような楽しさで学べます。一度この読み方を覚えると、美術館の絵が急に喋りはじめます。

2. 美術の「注文主」という視点

中世やルネサンスの絵画は、画家の自己表現ではなく注文品でした。誰が、いくらで、どこに飾るために注文したのか。契約書には絵具の質や納期まで書き込まれていました。この視点を得るだけで、美術館に並ぶ絵がすべて歴史資料に変わります。

3. 美術史を学ぶことの意味

写真のない時代、絵画は世界を記録するほぼ唯一のメディアでした。だからこそ絵は、当時の人が何を美しいと感じ、何を恐れたかを教えてくれます。様式の変化をたどる様式論や、科学調査を使った真贋の判定など、研究の実際にも触れられ、美術を通じて過去の人々の心性に近づくという学問の魅力が、若者への熱いメッセージとして語られます。

どんな読者に向くか

予備知識はいりません。プリマー新書は中高生を主な読者に想定したシリーズで、文章も語彙もそれに合わせて平易です。ただし内容まで易しいわけではありません。図像学、パトロネージ、様式論、科学調査という、大学の美術史概論で最初に習う枠組みが一通り入っています。通読向きで、辞書として引く本ではありません。向いているのは、展覧会には行くが解説を読んでも他人事に感じる人、そして美術史を専攻するか迷っている高校生・大学生です。逆に、有名絵画の解説をたくさん読みたい人には作品数が少なく感じられるでしょう。

この本ならではの点

入門書の多くは「何を見るか」を教えます。本書が教えるのは「どうやって調べるか」です。作品を史料として扱い、注文の記録や契約書から当時の状況を復元していく手つきを、実例で見せてくれる。鑑賞の入門書ではなく、研究の入門書という一線をはっきり引いているところが、類書との最大の違いです。

関連して見に行けるもの

好きな絵を一枚選び、注文主・制作年・もともと置かれていた場所を調べてみましょう。検索するだけでも、絵の背後の物語が芋づる式に出てきます。実践の場としては、国立西洋美術館(東京・上野)のような常設コレクションのある館が理想的です。空いている平日に、キャプションの制作年と来歴だけを頼りに一室をゆっくり回ってみてください。西洋絵画を体系的に持つ大原美術館(岡山・倉敷)やひろしま美術館(広島)でも同じ練習ができます。

まとめ

鑑賞の入門書ではなく「考える美術史」への入門書です。先へ進みたくなったら、同じちくまプリマー新書の続編『西洋美術史入門〔実践編〕』や、著者がレオナルドに一冊を費やした『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』(筑摩書房)が待っています。

Kindle版:西洋美術史入門(ちくまプリマー新書)