『印象派で「近代」を読む』:モネの睡蓮は、なぜ「革命」だったのか

『印象派で「近代」を読む』:モネの睡蓮は、なぜ「革命」だったのか

鉄道、都市改造、写真の登場。印象派の絵画を「近代」という時代の産物として読み解くと、モネもルノワールもまったく違って見えてくる。絵と歴史をつなぐ知的な一冊です。

『印象派で「近代」を読む』(中野京子 著)は、日本人がもっとも愛する美術ジャンル・印象派を、19世紀後半のパリという時代背景から読み解く新書です。2011年にNHK出版新書として刊行され、副題は「光のモネから、ゴッホの闇へ」。産業革命、オスマンによるパリ大改造、鉄道旅行、写真の発明。印象派の明るい画面の裏にあった社会の激変を知ると、「きれい」で終わっていた鑑賞が一変します。

著者について

中野京子氏はドイツ文学者・西洋文化史家です。絵画に描かれた恐怖や不穏の理由を歴史から説き明かす『怖い絵』シリーズで広く知られ、その後も名画を歴史の証言として読む一連の著作を発表してきました。美術史の研究者ではなく、文学と歴史の側から絵に近づく書き手である点が、この本の性格を決めています。様式論や技法の分析ではなく、誰がなぜその絵を描き、誰がそれを買い、社会が何を考えていたのか。人と社会の物語として美術を語らせたら、たいへん強い書き手です。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1. なぜ彼らは「外」で描いたのか

チューブ入り絵具と鉄道の登場が戸外制作を可能にし、モネらの光の絵画を生んだ。技術革新と芸術表現の関係が明快に整理されます。画材を担いでセーヌ川沿いの町へ日帰りできるようになったこと自体が、絵の中身を変えたという指摘は鮮やかです。作品を「天才のひらめき」だけで語らない姿勢が、本書全体を貫いています。

2. サロン落選組の逆転劇

国家が美術を管理するサロン制度と、そこからはじき出された若者たちが自前の展覧会を開くまで。印象派の歴史は、既得権益に挑むベンチャーの物語として読めます。彼らを擁護した作家エミール・ゾラを軸に、マネを中心とする画家たちの群像を描く章は、人物相関図としても面白く、誰と誰が仲間で、どこで袂を分かったのかが頭に入ります。

3. 都市の光と影

華やかなカフェや舞台の絵の裏にある、踊り子や洗濯女たちの現実。本書は印象派を単なる美しい風景画の集団とは見ません。ドガやマネの絵に潜む近代の孤独に触れると、絵の奥行きが一段増します。そして副題どおり、話は最後にゴッホの闇へと向かっていきます。

どんな読者に向くか

予備知識はいりません。ただし「印象派の画家を一人ずつ順に解説する本」ではないので、画家別の事典を探している人には向きません。章立ては時代や主題ごとに組まれており、通読してこそ意味が立ち上がる構成です。新書一冊分ですから、通勤や旅の移動中でも読み切れます。すでにモネやルノワールが好きで、「好きだけれど、なぜ好きなのかうまく言えない」という段階にいる人の次の一冊として、最も効きます。

この本ならではの点

印象派の入門書は数多くありますが、その多くは光の表現や筆触分割といった絵画の内側を説明します。本書はほぼ一貫して絵画の外側、つまり鉄道、都市改造、写真、階級、性といった社会の条件から絵を照らします。だから同じモネの《睡蓮》でも、読む前と後では意味が変わる。美術史の教科書と併読すると、内と外から挟み撃ちにできて効率が良い一冊です。

関連して見に行けるもの

次に印象派の展覧会へ行ったら、描かれた場所・乗り物・服装に注目してみてください。絵が19世紀パリへのタイムマシンになります。日本にある名画を訪ねるなら、松方コレクションを核とする国立西洋美術館(東京・上野)が筆頭です。ポーラ美術館(神奈川・箱根)はモネやルノワールを厚く所蔵し、ひろしま美術館(広島)も印象派からエコール・ド・パリまでを揃えています。大原美術館(岡山・倉敷)にも同時代の作品が並びます。

まとめ

日本で一番人気の画派を一段深く楽しむための補助線です。モネやルノワールが好きな人の「次の一冊」に最適です。

Kindle版:印象派で「近代」を読む(NHK出版新書)