モネ《睡蓮》:画家本人から直接ゆずり受けた一枚
- 作者
- クロード・モネ
- 制作年
- 1906年頃
- 所蔵
- 大原美術館
- 所在地
- 岡山県倉敷市
1920年、児島虎次郎がジヴェルニーのモネ本人を訪ね、直接交渉して手に入れた《睡蓮》。岸辺も空も描かず水面だけで構成された1906年頃の作で、1930年の開館時から倉敷で公開されています。大原美術館本館第1室で見ることができます。
大原美術館の《睡蓮》は、画家クロード・モネ本人と直接交渉して手に入れた一枚です。ジヴェルニーの自宅を訪ねた洋画家・児島虎次郎の熱意に、80歳近いモネが応えました。1930年の開館以来、倉敷で公開され続けている大原美術館の代表作のひとつです。
《睡蓮》とは
クロード・モネは印象派を代表するフランスの画家です。1883年からパリ近郊のジヴェルニーに住み、自宅の庭に造った池と睡蓮を、晩年まで繰り返し描き続けました。大原美術館が所蔵する《睡蓮》は1906年頃の作で、油彩・カンヴァス、73.0×92.5センチメートルの横長の画面です。
この時期の睡蓮の連作には、岸辺も空も直接には描かれていません。画面いっぱいに水面が広がり、そこに映り込む光や雲、木立の影と、水に浮かぶ睡蓮の花だけで構成されています。上下の感覚があいまいになり、見る人は水の上を漂うような不思議な浮遊感を味わうことになります。
モネは1900年代に入ると、睡蓮の池を主題とする作品を数十点単位で描き進め、やがてパリのオランジュリー美術館を飾ることになる大装飾画へと向かっていきます。大原美術館の一点は、その大きな流れのなかで生まれた作品です。日本で「モネといえば睡蓮」というイメージを最初に広めた絵のひとつでもあります。
どこで見られる?
- 所蔵先:大原美術館(本館)
- 所在地:岡山県倉敷市中央1-1-15(倉敷美観地区内、JR倉敷駅から徒歩約15分)
- 展示状況:コレクション展「OHARAコレクション・ハイライト―19世紀から現代まで」の本館第1室で公開されています(2026年7月15日から9月27日の展示作品リストに掲載)
- 観覧料:一般2,000円、小・中・高校生および18歳未満500円、未就学児無料。3月から11月は9時から17時(入館は16時30分まで)、12月から2月は9時から15時。月曜休館(祝日の場合などは変更あり)
展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 水面だけの構図:地平線がないため、画面のどこが上でどこが下なのかが揺らぎます。水と空の境目に立っているような感覚になります。
- 近づくと見える筆の跡:間近では絵具の粗い筆跡の集まりに見え、少し離れると水と光に変わります。距離を変えながら見るのがおすすめです。
- 庭に咲く本物の睡蓮:2000年の創立70周年に、ジヴェルニーのモネ邸から株分けされた睡蓮が工芸館横の池に移植されました。季節が合えば、絵と生きた睡蓮を同じ日に見られます。
この絵が日本にある理由
1920年、児島虎次郎はジヴェルニーのモネを訪ねました。当時のモネは、パリのオランジュリー美術館に納める大装飾画の制作にかかりきりで、「いまは大作で忙しい。1か月したらまた来なさい」と告げます。1か月後にあらためて訪ねると、モネは「日本の画家のために」と数点の作品を用意して待っていました。そのなかの一点がこの《睡蓮》です。
児島の収集は、倉敷の実業家・大原孫三郎の全面的な支援によるものでした。二度目の渡欧となる1919年から1921年にかけて集めた約20点は、帰国後に倉敷の小学校で公開され、全国から人が押し寄せたと伝えられます。この成功を受けて大原はさらに収集を託し、児島は1922年から三度目の渡欧に出て、エル・グレコ《受胎告知》やゴーギャン《かぐわしき大地》を持ち帰りました。
児島が1929年に亡くなると、大原は友人を記念して翌1930年に大原美術館を開館します。日本で最初の、西洋美術を中心とする私立美術館でした。《睡蓮》は開館時から展示されている作品であり、以来ほぼ一貫して倉敷で公開され続けています。
まとめ
モネ《睡蓮》は、画家のアトリエで交わされたやりとりの結果として日本にやってきた作品です。倉敷の本館第1室で、印象派の到達点といえる水面の絵を間近に見ることができます。訪れる前に、公式サイトの展示作品リストで確認しておくと確実です。
