萬鐵五郎:日本の前衛のパイオニア、フォーヴィスムとキュビスムをいち早く血肉にした東北の異才

萬鐵五郎:日本の前衛のパイオニア、フォーヴィスムとキュビスムをいち早く血肉にした東北の異才

画家

《裸体美人》で日本の洋画に強烈な個性を刻んだ萬鐵五郎。フォーヴィスムやキュビスムをいち早く取り入れながら、独自の表現へ昇華させた岩手出身の前衛画家の生涯。

はじめに:日本の前衛絵画の先駆者

萬鐵五郎(よろず・てつごろう、1885-1927)は、大正期を代表する日本の洋画家です。マティスらのフォーヴィスム(野獣派)やピカソのキュビスムといったヨーロッパ最先端の動向を、ほぼ同時代にいち早く受け止め、日本人としての体質に根ざした独自の表現へと消化しました。その先駆性から「日本の前衛絵画のパイオニア」と位置づけられています。

生涯:東北の風土と、最先端の絵画

萬は1885年、岩手県和賀郡の土沢(現在の花巻市東和町)に、商家の長男として生まれました。上京して早稲田中学に学び、白馬会の研究所で洋画の手ほどきを受けます。1906年には渡米しますが短期間で帰国し、あらためて東京美術学校の西洋画科に入学しました。

1912年、卒業制作として提出した《裸体美人》は、草原に寝そべる女性を荒々しい筆致と原色で描いた問題作で、学校側の評価は低いものだったと伝えられます。しかしこの一枚こそ、日本におけるフォーヴィスム受容の記念碑でした。同じ1912年、萬は岸田劉生や高村光太郎らとともに日本最初の前衛美術家集団フュウザン会に参加し、時代の最前線へ躍り出ます。

その後はキュビスムの分析的な画面へ進み、1917年の二科展に《もたれて立つ人》を出品。1919年には健康を損ねて神奈川の茅ヶ崎へ移り住みます。晩年の萬が向かったのは、意外にも南画(文人画)と水墨の世界でした。油彩に東洋画の筆意を持ち込み、円鳥会や国画創作協会洋画部の設立に加わって新しい表現を探りますが、1927年5月1日、結核に肺炎を併発して茅ヶ崎の自宅で死去。41歳でした。

画風の特徴:西洋の様式を、日本の身体で受け止める

萬の絵の面白さは、流行の様式をなぞらないところにあります。フォーヴィスム期の作品は、マティスのような装飾的な明るさよりも、ゴッホに近い粘り気のある絵具の盛り上がりが目立ちます。キュビスム期も、対象を幾何学に還元しながら、どこか土着的で情念的な気配を手放しません。晩年は輪郭をぼかし、筆を走らせ、余白を効かせた画面へ。西洋画の材料を使いながら、南画の呼吸で描くという境地に達しました。自画像を数多く残したことも特徴で、そこには自分の内面を執拗に覗き込む視線があります。

代表作

  • 裸体美人(1912年、東京国立近代美術館・重要文化財):腋毛まで描き込まれた寝そべる女性像。日本近代洋画の転換点となった一枚です。
  • 赤い目の自画像(1912-13年頃、岩手県立美術館):燃えるような赤い目でこちらを見据える自画像。フュウザン会に出品していた頃の作と考えられています。
  • 雲のある自画像(1912-13年頃、岩手県立美術館):渦巻く雲を背に立つ自画像。強い自己主張と不安が同居します。
  • もたれて立つ人(1917年、東京国立近代美術館):二科展に出品されたキュビスム的作品で、日本における本格的な受容例のひとつです。
  • 水浴図・裸婦の連作(1920年代):茅ヶ崎時代の作品群。西洋の裸婦像と東洋の筆致が溶け合っていく過程が見てとれます。

同時代の画家との関係

フュウザン会でともに旗を振った岸田劉生は、萬とは対照的に写実を深めていきました。同じ出発点から正反対の方向へ進んだ二人を並べると、大正期の洋画がどれほど振れ幅の大きい時代だったかが分かります。同じ岩手で育った後輩の松本竣介や、続く前衛世代にとって、萬は「日本人が西洋の新様式を自分のものにできる」ことを示した先例でした。

日本で見られるか

萬鐵五郎は日本の画家ですから、国内で存分に見ることができます。故郷の岩手県立美術館(盛岡市)が収集の柱のひとつとして多数の作品を所蔵し、生地の花巻市東和町には萬鐵五郎記念美術館があります。《裸体美人》と《もたれて立つ人》は東京国立近代美術館、晩年を過ごした縁で神奈川県立近代美術館にも作品が収蔵されています。

見どころ:実物の前で何を見るか

《裸体美人》の前では、まず絵具の厚みを見てください。図版では平板に見える画面が、実物では絵具が盛り上がり、筆の毛の跡まで残っています。次に自画像。目のまわりだけ色が違うこと、背景と顔の境目がどう処理されているかに注目すると、萬が何を強調したかったかが伝わります。そして晩年の作品では、筆の速度です。一気に引いた線と、じっくり置いた絵具が同じ画面に共存しているところに、この画家の最後の到達点があります。

あわせて読みたい関連記事

萬が共鳴した運動については、フォーヴィスムとキュビスムの記事で解説しています。同時代の洋画の流れは、明治・大正美術の記事もあわせてどうぞ。

代表作ギャラリー

裸体美人
裸体美人1912年東京国立近代美術館
赤い目の自画像
赤い目の自画像1912-13年

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)