ピエト・モンドリアン:すべてを直線と三原色に削ぎ落とし、宇宙の究極の調和と秩序を追求した幾何学抽象の巨匠
「赤・青・黄のコンポジション」で知られるモンドリアン。リンゴの木から出発し、具象モチーフを極限まで分解した末に、垂直・水平の黒い線と、赤青黄の原色だけで宇宙の絶対的真理を描き出した新造形主義の始祖の物語。
ピエト・モンドリアン(1872-1944)は、カンディンスキーと並び、抽象絵画を語るうえで欠かせないオランダの画家です。カンディンスキーが感情や音楽に通じるエモーショナルな抽象を描いたのに対し、モンドリアンは自然の背後にある絶対的な秩序を描き出す幾何学抽象——新造形主義(デ・ステイル)——の道を進みました。曲線と斜線を排し、水平線・垂直線の直角と、赤・青・黄の三原色、白・黒・灰の無彩色だけに絞り込む極限の引き算によって、彼は宇宙の調和を表そうとしました。
生涯:風景画から、格子にたどり着くまで
オランダ中部のアメルスフォールトに、厳格なカルヴァン派の家庭に生まれました。父は小学校長で日曜画家、叔父のフリッツも画家で、絵は身近な環境でした。アムステルダムの国立美術アカデミーで学び、当初は風車や川辺を描くごく伝統的な風景画家でした。
転機は二つあります。ひとつは1909年に神智学協会に入会したこと。目に見える世界の奥に普遍的な法則があるという思想は、その後の彼の制作を貫く柱になりました。もうひとつは1911年、アムステルダムの展覧会でピカソやブラックのキュビスムに触れたことです。翌1912年にパリへ移り、名前の綴りを Mondriaan から Mondrian に改めて、抽象化を一気に加速させます。
第一次大戦の勃発でオランダに足止めされた時期に、テオ・ファン・ドースブルフやバルト・ファン・デル・レックと出会い、1917年に雑誌『デ・ステイル』を創刊しました。1919年にパリへ戻り、格子と色面だけの絵に到達します。1938年、ナチスの台頭と戦火を避けてロンドンへ、1940年の空襲を受けてさらにニューヨークへ渡り、摩天楼のグリッドとジャズの活気に触れて「ブギウギ」シリーズを開きました。1944年、ニューヨークで肺炎により71歳で亡くなっています。
画風の特徴
キャンバスは正方形に近い形が多く、白く塗られた地の上に、黒い線が水平と垂直だけで引かれます。線の太さは一本ごとに変えられ、赤・青・黄の色面は大きさも位置も入念に計算されて、左右対称を避けながら全体の均衡がとれるように配置されます。近づいて見ると、絵具は何度も塗り重ねられ、線の縁がわずかに震えているのがわかります。機械的な図面ではなく、手で描かれた絵であることが、この作家の作品の重要な点です。
代表作
- 赤・青・黄のコンポジション(1930年、チューリヒ美術館):最も知られたグリッド絵画。大きな赤の面と、小さな青・黄が、極限の緊張のなかで釣り合っています。
- 灰色の木(1911年、クンストミュージアム・デン・ハーグ):木の枝の曲がりが灰色の線へと分解されていく、具象と抽象の境界に立つ作品です。
- 花咲くりんごの木(1912年、クンストミュージアム・デン・ハーグ):さらに抽象化が進み、枝が水平・垂直に近い線の連なりへ還元されています。
- ブロードウェイ・ブギウギ(1942-43年、ニューヨーク近代美術館):黒い線を捨て、黄色の帯のなかに赤や青の小さな色片が明滅する最晩年の傑作です。
- ヴィクトリー・ブギウギ(1942-44年、クンストミュージアム・デン・ハーグ):制作途中で亡くなったため未完のまま残された、最後の作品です。
同時代の作家との関係
抽象への出発点を与えたのはピカソとブラックのキュビスムでした。オランダに戻っていた時期に共鳴したファン・デル・レックからは、色を三原色に絞る発想を得たとされます。デ・ステイルの同志テオ・ファン・ドースブルフとは、1920年代半ばに彼が斜めの線(対角線)を導入したことをめぐって対立し、モンドリアンはグループを離れました。垂直と水平を守り抜くという一点は、彼にとって譲れない原則だったのです。その造形はリートフェルトらの建築・家具、さらに後年のファッションやデザインにまで及んでいます。
日本で見られるか
京都国立近代美術館が《コンポジション》(1929年)を所蔵しており、コレクション展で公開されることがあります。国内でモンドリアンの油彩を常時見られる場所は限られており、2021年には生誕150年を記念する大規模なモンドリアン展が豊田市美術館などで開かれ、クンストミュージアム・デン・ハーグの所蔵作品が多数来日しました。
見どころ
まず線の太さを比べてください。すべて同じに見える黒い線が、一本ずつ違う幅で引かれていることに気づくはずです。次に、色面が画面の端で切れているかどうかを見てください。切れている面は、絵の外へ続いていく感覚を生みます。そして斜めから画面を覗き込むと、白い部分にも幾層もの絵具の厚みと筆跡が残っているのが見えます。冷たく完璧に見える画面が、実は手の作業の集積であることが、実物の前でだけわかります。
代表作ギャラリー








作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)


