エゴン・シーレ:クリムトが愛したウィーンの異端児、剥き出しの「生々しい性の葛藤」を痛烈なデッサンで描いた夭折の天才

エゴン・シーレ:クリムトが愛したウィーンの異端児、剥き出しの「生々しい性の葛藤」を痛烈なデッサンで描いた夭折の天才

画家

歪んだ肉体と挑発的な視線で、自らの性の不安、死への強迫観念をむき出しに表現したエゴン・シーレ。世間の道徳的非難を浴びながらも、28歳の若さで亡くなるまで妥協のない表現を追求した強烈な一生。

はじめに:美しく着飾るな。ねじれ、苦悩する「ありのままの肉体」を暴く

エゴン・シーレ(1890-1918)は、クリムトが活躍した世紀末ウィーンに現れ、28歳で消えた画家です。クリムトが女性や愛を黄金の装飾で包んだのに対し、シーレはその装飾を剥ぎ取り、人間の歪んだ骨格、青白い皮膚、性への生々しい恐怖と渇望を、鋭い線で描き出しました。彼の自画像は、自己愛と自己嫌悪が入り混じる若い精神の、むき出しの記録です。

生涯:16歳の秀才、逮捕、そして28歳での死

1890年、ウィーン近郊トゥルン・アン・デア・ドナウに生まれました。父は駅長。1905年、その父が梅毒によって精神を病んだ末に亡くなり、この体験は生涯シーレの性と死のイメージにつきまといます。豊田市美術館の表記では「レオポルト・ツィハチェック」。

1906年、16歳という異例の若さでウィーン美術アカデミーに合格。しかし旧弊な教育に反発し、1909年に退学して「新芸術家集団」を結成します。1907年に訪ねたクリムトは、その才能を認め、作品を買い上げ、パトロンや工房を紹介するなど、亡くなるまで支援を続けました。

1911年、モデルのヴァリ・ノイツィルと暮らし始め、ウィーンを離れます。しかし1912年、少女を家に出入りさせていたことなどから逮捕され、24日間拘留されました。誘拐や強姦の嫌疑は退けられたものの、未成年者の目に触れる場所に露骨な絵を置いたとして有罪となり、素描1点が法廷で焼かれています。

1915年、中産階級の娘エーディト・ハルムスと結婚。第一次世界大戦に召集されますが、前線には送られず制作を続けます。1918年、クリムトの死後に開かれたウィーン分離派展で中心作家として大成功を収め、ようやく評価が定まりました。しかしその秋、スペイン風邪が襲います。妊娠中の妻エーディトが10月28日に亡くなり、3日後の10月31日、シーレ自身も28歳で死去しました。

画風の特徴:線が肉体を決める

シーレの絵の核心は輪郭線です。まず線で形を確定し、色は後から置かれます。この線は解剖学的な正確さを目指しません。肩は不自然に持ち上がり、指は関節ごとに折れ曲がり、肋骨は皮膚を突き破りそうに浮き出ます。それでも人体として説得力があるのは、構造を熟知したうえで意図的に歪めているからです。

色も独特で、肌には緑や赤紫が差し込まれ、健康な肉体には見えません。背景はしばしば何も描かれず、人物は宙に浮いたまま重力から切り離されます。この「支えのなさ」こそ、シーレの人物に共通する不安の正体です。《ひまわり》のような植物画でも同じで、立ち枯れた茎が人体と同じ緊張を帯びています。

代表作

  • ほおずきの実のある自画像(1912年/レオポルド美術館):もっとも有名な自画像。片方の肩を上げ、口をわずかに歪め、こちらを冷静に見つめ返します。傍らのほおずきの赤い実が画面に緊張をもたらします。
  • 死と乙女(1915年/ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館):死の影をまとった男にしがみつく若い女性。男はシーレ自身、女性は別れたばかりの恋人ヴァリと解釈されています。結婚によってヴァリと別れた時期に描かれた、私的な告別の絵です。
  • 家族(1918年/ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館):男、女、幼子が三角形に配された未完の遺作。生まれてくるはずだった子を含む家族の姿とも読まれます。

同時代の画家との関係

最大の恩人はグスタフ・クリムトです。シーレはクリムトの装飾的な線から出発しながら、その甘さを削ぎ落とす方向へ進みました。二人が同じ1918年に相次いで亡くなったことは、世紀末ウィーンの終わりを象徴しています。同時代のオスカー・ココシュカとは「表現主義」の担い手として並び称されますが、厚塗りの絵具で感情を表したココシュカに対し、シーレはあくまで線に賭けました。

日本で見られるか

シーレの主要作品はウィーンのレオポルド美術館とベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館に集中しており、国内に主要作は少ないのが実情です。ただし例外があります。豊田市美術館の表記は《レオポルト・ツィハチェックの肖像》(1907年)。同館は他に《カール・グリュンヴァルトの肖像》(1917年)、《座る少女: シュテファニー・グリュンヴァルト》(1918年)、《男性裸像 (自画像) I》(1912年)、《第49回分離派展のポスター》(1918年)なども所蔵している。同館は世紀末ウィーン周辺の作品を収集しており、シーレを文脈のなかで見るのに適した館です。なお2023年には東京都美術館で大規模なシーレ展が開かれるなど、数年に一度はまとまった作品が来日します。見どころ実物の前では、まず線を目で追ってください。印刷では均一に見える輪郭が、原画では一本の線のなかで太さも濃さも激しく変化しています。下描きをほとんどせず、一発の線で形を決めていたことが分かるはずです。そして人物のに注目を。不自然に指を広げたり折り曲げたりする手は、顔以上に感情を語ります。

代表作ギャラリー

ほおずきの実のある自画像
ほおずきの実のある自画像1912年レオポルト美術館
死と乙女
死と乙女1915年ベルヴェデーレ宮殿
家族
家族1918年ベルヴェデーレ宮殿
Portrait of Wally
Portrait of Wally1912年レオポルト美術館
Death and the Maiden
Death and the Maiden1915年オーストリア・ギャラリー
Dead City III
Dead City III1911年レオポルト美術館
The embrace
The embrace1917年オーストリア・ギャラリー
The Hermits
The Hermits1912年レオポルト美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)